ろくねんまえ

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 もう6年も前ですよ、自分からしたら「時効」だと思うんですけどねえ、と坂田さんはため息まじりに切り出した。 「息子が、大学受験を失敗して、引きこもりになっていたんですよ。そのせいで妻とも喧嘩が多くなって、娘は彼氏の部屋に入り浸るようになり、家に帰らなくなりました」  小さなことにいらいらするようになった坂田さんは、派遣で来ていた女性社員に嫌がらせをして、憂さ晴らしをすることが日課になってしまった。 「彼女はもともと、そんなに手際が良いタイプではありませんでした。一生懸命に仕事はしていましたが、注意力が足らないというか……」  細かい間違いが多かったんですよ、と嫌そうに坂田さんは言った。  まるで、「仕方がないだろう」とも言いたげだったので不快ではあったが、せっかく体験談を聞かせてくれる、ということになっていたから、我慢することにした。 「私もね、最初は見守ろうとは思っていたんですよ?もし、大きな問題が起きたら、自分にも響きますから。でも、だんだん、時間が経過するにしたがって、いらいらするほうが多くなってきましてね。悪いとは思っていたんですが……仕方ないでしょう?もう、精神的に追い詰められていたんですよ。なにしろ、家のこともあったわけで……」  バツが悪いと思ったようで、坂田さんの声はだんだんと小さくなっていった。    坂田さんがしてきた嫌がらせは、次のようなものだった。   最初は、机の上に勤務時間内で終わらないような書類を重ねて、やっておくようにと指示した。  わからないことがある、と訊いてくればわざと小さな声でぼそぼそと、聞き取れないように説明した。  うろたえる姿を目の当たりにして、坂田さんは一種、嫌な快感を覚えていくようになったそうだ。 「日に日に、彼女の表情が消えていって、私を見るとびくびく怯えるようになりました。こいつを支配している、私がする行動のひとつひとつが、影響して神経質になっていくんだと思うと、申し訳ないどころか、楽しくなってきたんですよ」  にやにやと坂田さんは、意地汚い笑みを口の端に浮かべた。吐き気をこらえつつ、私は坂田さんの話に耳を傾けた。
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