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 深夜のオフィスビルがこんなに静かな物だとは思わなかった。遠くを走る自動車の音すらコンクリートに吸収されてしまったかのようだった。    そうして、どのくらい経ったのだろう。俺はいつの間にか座ったまま眠っていたらしい。後藤はまだ帰ってきていない。  コン、コン。  不意に俺の背後から耳慣れないノック音がした。  俺は慌てて立ち上がった。そうしている間にも音は止まらない。  どうやら何者かが窓を叩いている音のようだった。  これが『いわく』の正体か。確かに最初は驚いたが、いざ直面してみると大した事ではない。この程度なら無視すればいいだけだ。  結局後藤は目立った実害もない、格安な物件を見つけたという事か。  俺がやれやれと思いながら後藤はいつ帰ってくるのだろうかと考えていると「後藤さん!」と窓の外から高い声がした。  女の声だ。俺が面食らっていると声はノックと共に「後藤さん!いないんですか?」となおも続いた。無人のオフィスビルに女の声が響くのは恐怖よりも悲哀を感じさせた。  俺は勇気を出して窓を開けた。幽霊にしては後藤の名前を出してくるのはおかしいような気がした。  窓の外には、隣のビルの窓から身を乗り出した若い女がいた。  俺の顔を見た女は驚いて危うくビルの谷間に落ちそうになったが、俺は女の手を掴み体勢を支えてやった。     
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