40人が本棚に入れています
本棚に追加
「……一羽のスズメの言うことにゃ~言うことにゃ~……女誰が良い升屋の娘~、升屋器量よしウワバミ娘~…」
ふと、そんな唄を歌う女性の声が、ベンベン…いう弦の音とともに聞こえてきたのである。
「この唄は……」
間違いない。それは昨晩、聞こえてきたあの唄である。
「ああ、智子ですわ。ここらに伝わる手毬唄で、智子が月琴を弾きながら歌っているんですの。あの子、月琴と民謡が趣味ですのよ」
驚いて周囲を見回す僕に、松子奥様がそう説明をする。
「そこの酒蔵からですわね。昔、ワインの醸造もしていたことがありまして、今は使わないので娘がスタジオ代わりにしておりますの」
彼女の言う通り、花壇の向こうには古い土蔵が建っており、唄はそこから聞こえてきているように感じる。
……そうか。あの唄は智子お嬢様が歌っていたのか……なんだ。不気味に感じたのは僕のただの思い込みだったらしい……。
だが。
「…升で量って漏斗で飲んで~、日なが一日酒びたり~、酒びた…キャァアアアアーッ…!」
突然、淋しげながらも清んだ唄声が途切れたかと思うと、絹を裂くような絶叫が辺りに響き渡ったのである。
「い、今のは……」
「わかりませんけど、智子に何かあったのかしら? 行ってみましょう……」
血相を変える僕にさすがの松子奥様も不安の表情を見せ、僕らは足早に古い酒蔵の中へと入って行った。
「智子~! 智こ…キャアっ! ……まあ、なんてこと……」
「うわっ…!」
蔵に足を踏み入れて早々、すぐに智子お嬢様の姿を見つけることはできたが、その瞬間、同時に二人して悲鳴を上げてしまう。
赤い鮮やかな振袖を着た智子お嬢様は、ワインの醸造に使っていたらしき大樽の上にハリから吊るされていた……胸には棒秤の棒が突き刺さり、さらに顔を上向きにされ、その口には漏斗を咥えさせらるというおぞましい格好で……。
「だ、誰がこんな酷いことを……」
「ううううう……」
無残な惨殺死体として再会したお嬢様を前に、誰に言うとでもなく譫言のように呟く僕であるが、するとそれに答えるかのようにして背後から不気味な呻き声が聞こえる。
最初のコメントを投稿しよう!