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高校二年の秋、僕は父の仕事の都合で信州の山奥にある小さな湖畔の町へ引っ越すことになった。
それまでの都会暮らしから一転、かなりの田舎であるが、それは別にかまわない。
だが、ただ一つだけ、気になること…というか懸念材料があった。
それは、引っ越した先のおとなりさんである……。
田んぼの真ん中にあるためか、破格の値段で貸し出されている一軒家があり、僕ら家族はそこを借りて住むことになったのであるが、そのとなりにはこちらの家など比較にならないくらいの代豪邸が建っていた。
高い石垣の土台の上にぐるっと白壁を巡らし、その塀で囲まれた広大な敷地の中には立派な瓦葺きの屋根が幾つも覗いている……もう豪邸というよりは大名のお城である。
聞くところによると、横溝さんという大地主のお家らしく、地元では名家として有名なのだそうだ。
いや、おとなりさんが地元の名士でも大金持ちでも、そんなことはどうでもいい……。
問題は引っ越して早々、昨日の深夜に聞こえてきたなんとも不気味な唄である。
三味線なのか琵琶なのか? ボロン、ボロン…となんとも淋しげな弦の音に乗せて「一羽のスズメが云々…」という唄がどこからともなく聞こえてきたのだ。
子守歌だろうか? 引っ越しで疲れ果て、泥のようにベッドで眠り込んでいた僕は、静かな夜の闇に響くその唄に目を覚まし、おそるおそる自室の窓を開けて外の様子を覗った。
すると、その唄は冷たい秋の夜風に乗って、どうやらおとなりから聞こえて来ているようである。
当然、気にはなったものの、なんだか怖くなった僕は頭からすっぽり布団をかぶると、何も聞こえなかったことにしてそのまま再び眠りについた。
ところが、今朝になって……。
「――あ、そうそう。おとなりさんへの挨拶がまだだったわね。代わりにちょっと行ってきてくれる?」
と、母親にお使いを頼まれたのだ。
父は休日出勤だし、母もまだ引っ越しの後始末で忙しいらしく、三人家族の我が家に残るは僕しかいない。
あの家には何かある……そう直感が警告を鳴らしていたが、そんな曖昧な理由で拒否するわけにもいかず、やむなく僕はおとなりさんへ出向くこととなった。
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