第1章

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 未来職人は文字通り未来を作る者である。  その仕事の特徴は退職の制度がないということだ。新たな命が生まれたと同時に担当が決められ、生涯その関係は切れることがない。その命が負った因果と、魂そのものが持つ志によって、未来をコンマ一秒よりさらに少しずつ紡ぎ出す仕事なのである。  今この瞬間、新しく男の子が誕生した。ちょうどよいので、彼を例にして話を進めていこう。  彼は恋愛結婚の両親から三年の不妊治療の末に産まれてきた待望の子であった。父親は祖父母から引き継いだ酒屋を営んでおり、母親も夫を献身的に支えている。祖父母も健在で、孫の誕生に大いに沸いた。祖父は、元々は自分の立ち上げた店であるからと店頭のガラス戸の冷蔵庫から瓶ビールを勝手に取り出し、瓶を振り回しながら外へ駆け出て栓を抜いた。祝いのクラッカーさながら、きらめく真っ白な泡が弧を描いたと、後に父親は彼に話すことになる。  もし人が産まれた瞬間からすべての感覚を確立させていたならば、その膨大な愛と祝福の重圧に耐えられないことだろう。故に目も耳も機能性は少なく、当時の記憶も未来へは持ち込まない。覚えていられないように未来を作るのが、未来職人の最初の責務とも言えよう。  さて、話を戻そう。  彼は姓名判断など様々な観点より、名はノゾムと付けられた。家族一同から長年望まれてようやく産まれてきた子であるから、これほど的を射た名はないであろう。ノゾムは家族の希望そのものなのである。  人間にとって名前とは因果に関わるものである。故に、未来職人が未来を紡ぐにあたっても大きな指標となる。名はほとんどの場合死ぬまで背負うものだ。命名に携わった人たちの想いが宿されており、その中に各々が有する未来職人の仕事が関与している。ノゾムの未来職人は、先人たちの仕事を汲んで事にあたらねばならない。  ノゾムは五歳までは大きなトラウマもなく成長した。病気にもならず、両親の愛に見守られながら順調に歳を重ねた。  しかし、あとひと月で六歳になろうという年、祖母が他界し、それを追うように祖父も亡くなったのだ。  翌年には小学校へあがるノゾムは、死というものについてあらかたの知識はあった。だが、対峙するのは初めてだった。ノゾムは一週間、祖父母という存在の空白の前で呆然と立ち尽くし、ふとしたときに泣き出してしまう日々を送った。  
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