第1章

7/8
前へ
/8ページ
次へ
 内定が出た中でノゾムが入社したのは大手の学習塾であった。塾講師であれば特に資格は不要であったことと、今までの努力が無駄にならないと考えた結果であった。全国に塾があり転勤があるのが不安だったが、それでも教える側に立てることを感謝せねばなるまいとノゾムは心を決めたのだった。    未来職人は妥協と諦観の色を使用し始める。ノゾムの精神を守るためには必要なものであった。教師以外の職業を想定しない人生を送ってきたノゾムにとって、塾講師として働く日々はめまぐるしかった。未来職人はノゾムの魂の悲鳴を聞きながら、自らの仕事に精を出していた。    ノゾムが最も苦戦していたのは生活リズムであった。教師を含むほとんどの仕事は朝に出勤し夕方から夜にかけて退勤する。塾講師は学校終わりの学生をターゲットにしているため昼に出勤し夜中に退勤をするのが主流であった。これまでのノゾムの生活リズムとのズレが度々体調不良を引き起こしていた。上司は「慣れるまでの辛抱」を繰り返した。ノゾムも上司や先輩たちには信頼を寄せていたためその言葉を信じ日々働いた。  同期が次々減っていった。食事の時間が取れない、自分の時間がない、生徒のやる気がない、昇給がないと様々な事由で辞めていく。上司たちは「最近の新卒は根性がない」と嘆き、「お前は違うと信じているよ」とノゾムに期待をかけた。ノゾムは期待されることが嬉しいのだった。    未来職人の仕事はスピードを緩めていった。彼らの業務速度は精神力と生命力がみなぎっているときにこそ恐ろしく速い。風車が高速で回るのは乱暴に強風が吹くときだけである。    入社して四年弱が経った頃、ノゾムはある考えを繰り返し思い浮かべていた。  「自分は望まれて産まれてきたが、この人生は自分が望んだものだったのか?」  問いが訪れる度に、ノゾムは居ても立っても居られなくなり、耳にイヤホンを押し込んで音楽を大音量で流した。  「自分は幸せなのだろうか? 幸せだと思おうとしているのだろうか?」  音量をプラス3。  「親の勝手で産まれてきた。親の人生に巻き込まれたんだ」  さらにプラス3。  最大音量になってもノゾムは親指をカチカチ動かし続ける。    未来職人の手が止まった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加