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「まさか君があんな趣味を持っているとはねえ」
「ちょっと待って、あの人生に疲れてる感じで、年下に甘えてくるような、優しさに飢えてるような一種の危うさみたいなのがさ、たまらないんだよ」
「いやなに開き直ってるの……」
僕たちはオムライスを食べている。一人用のテーブルを買ったので狭い。オムライスは冷蔵庫にある食材で作ってくれたらしい。普通に美味い。そして久しぶりにだれかの手料理を食べた。
「そういえば君、彼女いないの?」
「いないよ。自慢じゃないけど出来たこともない」
「それは本当に自慢できないね。せめて見栄でも張って『今は』いませんよくらいにしとかないと」
「そっちのほうが痛い!」
「世の中なんて張らない真実より張る虚実だよ」
「やらない善よりやる偽善みたいに言わないでよ」
それよりもこの人ナチュラルに僕の部屋にいる。 きっと穴から這い出てきたに違いないんだろうけど。そんな僕の様子を見てか、彼女は言った。
「穴の件なんだけど、しばらくかかりそうなんだって。だからさ、君さえよければ穴が直るまでお手伝いさんになろうかなって」
「お手伝いさん」
とは。
「そう。あと、私のことは親しみをこめておとなりさんと呼んでね」
彼女ことおとなりさんは笑みを浮かべながら言った。この時僕は心臓のあたりが少しだけ縮むのを感じた。この言葉の裏には『私のことをこれ以上詮索するなよ』と言われてるような気がした。
しかしそれは彼女なりの優しさだったのではないかと今ならそう思う。ただ、思い出は美化されるという言葉通り、それはただの虚飾に過ぎないのかもしれない。僕はただ曖昧に、ただ雰囲気の波に揺られているだけだった。
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