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先程からキレ気味にドアを叩いたり大声で呼びかけたりもしているが、神樹は防音効果に優れているので、外部の雑音を吸収してしまっていた。アパートのすぐ横を大量の荷物を積載した大型運搬動物が地鳴りを響かせながら走っても、部屋の中ではぐっすり熟睡が出来る。勿論、エルフの細腕で叩く振動程度は、居住スペースには全く届かない。遠くで精鋭の呪術が爆炎や落雷を響かせたり、精鋭の切羽詰まった悲鳴や怒号も聞こえているが、これも多分部屋の中には聞こえていない事だろう。
そうこうしている内に、戦闘の音が近づき、いよいよ神樹アパートの辺りも危険になってきている事がアリシアにも分かってきた。
「これは、緊急時の特例的処置で、決して不法侵入ではありませんからね……」
見捨てて逃げる訳にもいかず、合鍵を取り出して鍵穴にそっと差し込む。カチャリと小さな音を鳴らして開錠。
「失礼しま~す」
小声で断りながら静かに扉を開けると、そこには一枚の紙が置かれていた。メモ用紙には走り書きでこう書かれていた。
――邪霊を倒してきます。 勇者イサム――
その紙は、この部屋に備え付けのメモ用紙に、備え付けのペンで書かれていた。
あぁ、ちゃんと設備を使ってくれたんだ、という気持ちと同時に、アリシアに衝撃が襲い掛かっていた。
「勇者って……何?」
千年以上外界と隔離されていた森のエルフにとって、勇者という存在は未知の領域であった。
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