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家督
帰蝶が信長のもとに輿入れしてから
何度目かの春。
末森の城から程近い寺に守役の平手と共に帰蝶は呼び出された。相手は信長の父信秀。
若々しく尾張の虎と異名されしいては勇敢な武将と言った感じだ。
住職に連れられ寺の一室に入ると信秀となぜか信行付きの柴田もいた。
「帰蝶どのお呼び立てして申し訳ないな。そこに座られよ」
帰蝶が信秀の前に座ると平手は帰蝶よりも少し後方に腰を下ろした
「ありがとう存じます」
目の前に座った帰蝶を見て信秀は驚いた。祝言の時にみた彼女はあどけなさの残る14の子供だった。それから幾年が過ぎ、目の前の彼女は背も幾分伸びあどけなさの残っていた顔は余分な肉もとれ美しい大人の女の顔になっていた。
体は丸みを帯びちらりと見える陶磁器のような滑らかな白い肌。溢れる女としての香り。
(息子の嫁ではなかったら)
あらぬことを考えていた信秀に帰蝶が
呼びかけた
「ご用だとお伺いましたが」
「あぁ・・権六」
信秀が柴田に指示を出す
ハッと言い書状を何本も卓の上に広げた。
「拝見してよろしいのですか?」
よい、と信秀に言われ帰蝶は書状を手に取ると帰蝶は書簡に目を通す。それは信長廃嫡の嘆願書だった。織田の重鎮をはじめ親類縁者、そして母である土田御前まで。
(これは・・・)
「どう思う?」
「どう思うとは?」
「廃嫡にしたら帰蝶どのはいかがする?」
ふぅーと息を吐き整えると 口元に笑みを浮かべ帰蝶は答えた。
「別に構いません」
思っていた答えと違ったのか信秀は
柴田と顔を見合わせた
「構わぬとは」
「信長様が家督についてどのようなお考えなのか私にはわかりません。
そのような話は共に暮らすようになってから一度もありません。
家督をどちらにするかそれを決めるのは、そこにある書簡に名のある方々ではなくお父上様ではありませんか」
帰蝶は続ける
「家督が信行様なっても私は信長様と共におります。
父からいただいた化粧料もありますし贅沢さえしなければ生活に困ることもありません。
自由に国々を旅をして回るのも良いし何か商売をするのもいいかもしれません。」
ですが・・・・と一呼吸おいて語る。
「家督が信行様になっても欲しければ奪えば良いのです」
驚く表情の3人を見渡しながらさらに言葉を続ける。ふふふっと笑いながら
「何も驚かなくても
戦乱の世
なにが起きてもおかしくはありません
お忘れですか?私はまむしの娘です。父は坊主から油売りになり卑怯な手も使い時には人の命を奪い美濃の国主になりました。
信長様が卑怯な手を使い奪ってもなんとも思いません」
「奥方様・・・・」
「今すぐにでもと家督がと信長様が言うのなら美濃に信長様を連れて帰り斎藤の家督を継がせましょう。
尾張一国も治めていない織田の主よりも美濃一国の主の方がなにかと優位になります」
帰蝶はコロコロと鈴がなるように笑った。
帰蝶の少し後ろに座る平手は今にも泣き出しそうな顔をしていた
「平手どの、そろそろ殿がお帰りになります。おいとましましょうか?
私と平手どのがいないと大変ですよ」
帰蝶は振り向くと笑顔で平手に言った
「そうですな」
帰蝶と平手が去った 寺の一室では信秀が
腹を抱え笑っていた
「わはははは」
驚く柴田をよそに笑い転げてる。
「恐ろしい娘だ」
どちらでもかまわないと言いながら信長を家督にしなければまむしが動くと遠回しに脅してきおった 柴田は気づいていないが平手はわかっただろうな
正直、弱々しいおなごだと思っていたが
さすがはまむしが愛育した娘だ
男ならばさぞかし恐ろしい武士と
なっただろう
「のう、権六。あの娘を嫁ではなく我が妻として迎えたら良かった。あの娘は三郎にはもったいないのぉ」
「大殿」
それから数ヶ月後、家督は信長と決め信秀は息を引き取った。
**********
「なんじゃ、爺」
平手は信長を庭先で捕まえその日あったことを全て信長に伝えた。
信長はなんとも言えない顔をしていたが照れているのかふんと横を向いてしまった
「愛されてますなぁ、縁結びをした、この爺に少しは優しくしてくれても良いのではないですか?」
平手はそうささやくと信長を庭に残し去っていった
その後しばらくは素直に平手の指示に従う信長の姿が見られたという。
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