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生駒屋敷 家宗は早慶からの報告を聞いていた どうやらあの女は生きていたらしい 生死を自ら確認すれば良かった まむしの娘 何もかもが癇に障る 美濃の斎藤と報春院様にお声がけ いただいた事がきっかけだった まむしの娘がいなくなれば 3人の利害が一致する 信長様を狙う美濃の斎藤 信行様に家督をと今も狙う報春院様 類が奥に入り実権を握れば報春院様も 織田を意のままに操れる 我が家も吉乃が正室になれば全てが 安泰になるはずだった 信長様の子が出来ても 立場は妾のまま せめて側室にと信長様に訴えても 受け入れてもらえなかった 報春院様に泣きついても取り合ってもらえず 生きていたと報告したあと 連絡が途絶えた 訪ねて行っても門前払いだった 美濃の斎藤義龍から連絡もない 全ての事を一方的に押し付けられた (あの女さえいなければ) 思い通りに進まない事に苛立つ 家宗は早慶に言った 「忍びを表に集めよ」 ***** 表が慌ただしい  子供たちも何かを感じているのか 落ち着かない  類は子供達を乳母に預けると 表に急いだ 表につくと たくさんの男たちが 家宗の話を聞いていた 父のそばには顔に傷のある男もいる 類は暖簾の隙間から男達を覗いていた すると家宗が語気を強めて男達に言い放った 「良いか、今度こそ殺れ、一緒にいる老夫婦もだ あの女は絶対に殺せ 行け‼」 家宗の言葉に男達が一斉に外に飛び出して行った。類は家宗のもとに駆け寄った 「お父様、どういう事ですか あの女って」 家宗の着物を掴み 類は揺さぶった 家宗は掴みかかる類を引き離し言った 「お前には関係ない」 「関係あります、あの女とは正室様ですよね」 「お前は知らなくても良い事だ」 「お父様」 「誰か、類を部屋に」 数人の人が出てきて 類を部屋に引きずっていく 類は諦めなかった 「お父様なぜですか」 類はボロボロと涙を流している こんなことする父ではなかった 類にとっては優しく かっこいい父だった 曲がったことを嫌う 真っ直ぐな人 だったのにどうして 「お父様!!」 類の心からの叫びは家宗には 届かなかった 「早く、部屋に連れてけ」 冷たく言い放った 家宗が類を見ることはなかった 類は抱えられるようにして自室へと 連れていかれた。襖が閉められると その場に崩れ落ちた 顔をあげると褥の上に4つの影が見えた 類は体を這うように動かし4つの影に 近寄った 穏やかな寝息が聞こえてくる 乳母が寝かせてくれたのだろう 前夫との間に産まれた二人と 信長様との間の奇妙丸と茶筅丸 そして腹の子 母を心配するように 腹の子が動く 信長との3人目が 腹のなかにいた 信長様は喜んでくれさえもしないが 類は腹にそっと触れた (大丈夫よ) もしかしたらと思っていた あの日に聞いた時から 信じたくなかった 父は正室様の件に関わっている そんな事をすれば私と信長様との関係が 崩れてしまう (なぜなの、お父様) やっとに入れた幸せなのに ずっと私は好きだったのに なぜ なぜ なぜ お父様自ら引き裂くような事をなさるの 類は4人の子供を引き寄せると抱えるように 横になった。 (許して) 例え信長さまの心に私がいなくても それでも良いの 今の関係を 愛などなくても構わない 壊したくない 取られたくない あの人を でも…… 様々な想いが類の心を 覆いつくしていく 清洲の方から馬の嘶く声と蹄の音が聞こえたような気がした **** 閉店間際の春日屋に一人の男が息を切らし 入ってきた。 「旦那様を早く」 男はそう言うとその場に崩れ落ちた 休まず走ってきたらしい ゼエセエと息があがっていた 水仕の女が男に水を差し出すと 男は一気に飲み干した 「何事だい」 春日屋と香が奥から出てきた 男の姿を確認すると香が男に走り寄った 男は香が生駒に入り込ませた男だった 「生駒が動きます」 「……………」 春日屋は目を閉じた 思っていたよりもより早い それほど生駒は焦っている (奥方様が危ない) 春日屋は香を見つめた 「香、私は男になるよ 春日屋一世一代の大仕事だ」 香は頷く 春日屋はそう言うと登城するために外に駆け出していった  「ご無事で」 香は夫の背中に向かって呟いた 奥方様が生きていた事を言わずにいた 信長様が夫を手打ちにするかもしれない 香の心を不安が支配していく 男は心配そうに香を見つめていた その視線に気づいた 香は優しい笑みを浮かべると 男に言った 「ご苦労だったね 食事を用意するわ」 「いえ そんなこと」 「危険な事を頼んだのだから当然よ ありがとう」 「感謝いたします」 男は頭を垂れた 香は水仕の女を呼ぶと食事を 用意するように言いつけた 
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