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また、楽しく暮らしていく為に必要最低限のルールを設けた「彼ら」は面白おかしく暮らしていた。
昼間は街を自由に練り歩き、あらゆる楽しみを思うまま味わい尽くし、夜は門に鍵が掛かっておらず、戸口が自由に解放されていた屋敷を定宿とし、めいめいが確保した部屋にしつらえてあったふかふかの寝床に横たわり、優しくて甘い夢を誰も脅かさない安全な場所で貪っていた。
何者にも侵されない、安全な楽園暮らしがどこまでも続くかと思われたその矢先、新たな異変は訪れた。
街に陽炎のような人影が彷徨いだすようになったのである。輪郭は朧気で、触れても特に害はないが、その数が日を追うにつれてどんどん増えていく様子に、「彼ら」は不安にさいなまれるようになった。
――もしかしたら、あの影たちはこの虚ろの街の「前の住人」なのでは?
「彼ら」は極力屋敷から出ないように努め、外出するときは一人も欠けぬように纏まって動くようになった。だが、夜になると影たちは定宿にしている屋敷の門の前に集まるようになると、安心して眠ることも出来なくなった。触れる事さえままならぬ影たちの群れの前には、手も足も出ないからだ。
心身共に消耗していく「彼ら」の前に、ある日一人の壮年の男が現れる。
男はこの街から離れた港町に居を構えており、「彼ら」のように外見と中身がちぐはぐな生者たちと共に暮らしていた。男は前の住人達の残滓で溢れているこの街を離れ、生者で満ちている港町の方へ移住しないかと「彼ら」を誘う。生きていく為の仕事はしなくてはいけないが、ちゃんとした衣食住は提供するという提案に、「彼ら」は生きた者が居ない街を離れ、港町へと移住していくのであった。
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