わーんもーたーいむ

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わーんもーたーいむ

 『ない!』を感じることができたのは、これが初めてだった。  いや、今までにもあったのかもしれない。  「ない! ないないない!」キラッ!  こめかみに光が見えた。  右目を強くつむり顔を顰めた。  我は僕ちゃん。  『地下アイドル』そんな言葉が目の前に転がり込んできてから数年と数ヶ月が経ち、僕ちゃんは「P」ってやつになった。  特に「P」になりたかったわけじゃないけど、ごく自然に運命の流れというものがそうさせたのだ。  「P」ってやつは、ごみ収集や雪かきや人命救助のような、誰かが犠牲をはらってでもやらなくてはいけない、世の中にとってどうしても必要な大切な仕事?   とかではないのだ。  それでもこの世の中にはなくてもいい部類の仕事がきちんとある。  それが地下アイドルのプロデューサーだ。  頭文字「P」。  僕ちゃんはいつもそんな役回りだった。  誰もやらなくていいことをずっとやっている。    そーんな気がするのだった。  僕ちゃんじゃなきゃできない、そんな仕事なんかじゃないはずなのだがね。  そして僕ちゃんのプロデュースする地下アイドル「ザ・ニャンニャンニャンニャーズ!!!」  曲の制作も振り付けも僕ちゃんが担当している。  ザ•ニャンニャンニャンニャーズの振り付けは三人のコンビネーションが何よりも重要だ。  そーかと言って、その中にも覚えやすさや、親しみやすさ、浸透力、伝播力、などなど多種多様な要素の組み合わせが必要とされるのだ。それは僕ちゃんの持論だが、それなりの経験における確信はある。  彼女達のファン、いわゆるヲタ供は必ずといっていいほど、踊る。  地下アイドルの振りコピしようとする習性があり。それはもはやヘキやサガと言っていい。癖や性。なんかドワクロワの絵のタイトルみたいだが、それはさておき。  彼らヲタはきっと大人になり方を間違えたのだ。しかも本能的に? もしかしたら運命的に? 彼らは間違えた?   もしくは、間違えざるえなかった?   でも、結局のところは?  「さぁさっぱりだ」。  僕ちゃんはやれやれと肩をすくめる。  きっと僕ちゃんも彼らと同じく大人になり方を間違えた。  いや、それはきっとなんてもんじゃない。  自明的だ。  僕ちゃんは間違えた。  それはこの先、自ずと明らかになる。  不健康という形で。  「P」と言う仕事を例えるならばこうだ。  地下アイドルというボールを作る。  そのボールを投げれば嬉しそうに尻尾を振って、それを追いかける犬の本能のように彼らヲタどもは踊る。  たまに自ら僕ちゃんがそのボールを取りにいかされることもある。  ボールは結構遠くまで坂道をコロコロと、永遠と、くだっていく。僕ちゃんは追いつこうと犬のように走っていく。それはそれは無謀とも言えるスピードだ。  神は何でもつくった。  宇宙も、地下アイドルも、ヲタも、何もかもだ。  そしてよく転がるボールも。  作っちゃってるんだなぁ、これが。  そして僕ちゃんが作ってるのは振り付け。  そう。  ふ・り・つ・け。  わかる?  極端なことを言えば、センスしかり運動神経が、すこぶる良いわけではない38歳のおっさんであるこの『僕ちゃん』が、4分の曲なら4分と少々の使用時間でまとまるぐらいの振り付けが、純粋かつキャッチーなのだ。  あの憧れのPerfumeみたいに緻密に計算されている完璧な振り付けは、かえって必要とされない。  なんなら・・、できないし、作れもしない。  ま、努力もたいしてしないのだがね。  脳にサッと思い描いたもの、もしくは描かれたものをササッとすくい上げる直感型のファイト一発、地下アイドルのプロデュースは思いつきの核融合、インスピレーションの連鎖反応なのだ。  「Just do it!」そういうことだ。  やる以外何もない。  本能的に、いや運命的に。  だな。  いつの頃からか、僕ちゃんは  「僕ちゃん」と呼ばれるようになった。  むしろ、そう呼ばせていたのかもしれない。  そして、そんな僕ちゃんもときおり夢をみる。  寝てる時に見るあれだ。
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