ピーマン

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ピーマン

 「僕ちゃんさん、僕ちゃんさん、時間ですよー、そろそろヤバくないですか?!」  この声の主はまるで手加減ができていない。自然災害のようなものすごい力で肩をゆすってくる。立ち並ぶ高層ビルや樹齢1000年の樹も総崩れだ。  そもそも僕ちゃんにさんつけんなよ! なかなかのキモさだ。  この緑色ジャージの男。趣味の悪さがやたらと際立っている。  しかし、僕ちゃんのまわりにはいささか大男が多い。そう。こいつのような。  「僕ちゃんさん! てか、よだれよだれ、きったないなぁ、もう」緑色の鉄人28号、通称ピーマン、僕ちゃんの経営するライブハウスZootopiaで働いてくれている右腕的存在。身体は樽のようだ。そう緑樽だ。  その樽にとってつけたようにニョキニョキとのびた腕、その先にくっついている使い込んだキャッチャーミットのような手で、僕ちゃんの頭は赤べこのようにブンブンゆらゆら揺らされ、目や口や鼻がバラバラに何処かに吹っ飛んでいってしまいそうだ。右目は窓際に左目はトイレのドアの前に口は足元に転がって、もうてんやわんやだ。  そして僕ちゃんのだらしなくあいた口から大量のよだれが「じゅる」「汚いなぁ、もう」なんだと?!生意気なこの大男を一旦黙らせてやらないと、と思ったがしかし 「はっ、あ! ピーマン何時だ。何時?」  世界が回っているのはわかるが、時間がまるっきりわからない。  爽やかな休日の朝はなんてものは17歳かそこらで終わり、もう僕ちゃんに、そんななものはない。  ただの38歳のおっさんなのだ。  そう、とびっきりの。  「もう昼過ぎっすよ。太陽がそう言っております。わたくしも寝すぎました。もう」光合成万歳、野菜男ピーマンは神と話すかのように太陽と話すことができる。  宗教マニアのピーマンいわく本物の神は代金を取らないそうだ。  「んーあー、へ? マジかぁ、いかんいかん、いかんよー、てかアタマ痛?!」頭を抱え込んだ僕ちゃんをまるで御神木のてっぺんから見下ろすように、ピーマンは「はい、アスピリンどうぞ、もう」と、肩にかけているケロちゃん的、小さなカエルのポシェットから、鎮痛剤のピルを出してこちらによこした。  僕ちゃんは枕にしていた右腕が完全に痺れて感覚がなくなっていた。そして僕ちゃんはピルを取り損ねた。  ピーマンは出会った頃から全身緑色のジャージで、ブランドはアンダーアーマーのものを愛着している。  彼、お気に入りのポシェットの紐は、細すぎるのか、ところどころ切れては結んでいるせいなのか、こいつの体にはやたらと短い。花びらの萎れ落ち切った朝顔の茎みたいだ。  そしてピーマンのファッションセンスの痛さに効く薬はまだ発明されていないようだ。
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