Zootopia

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Zootopia

 東山動物園すぐそば、地下鉄東山公園駅4番出入り口から徒歩3分、皆んなのユートピアでお馴染みのライブハウスZootopia。  昨夜、ライブイベントが跳ねた後、僕ちゃんは口上をのべてた。「窓のあるライブハウスなんて日本のどこ探しても、そうはないよ~、しかも窓は東向きだからね~、毎朝朝日見放題! 日焼けができるライブハウス、日焼けのやんぱちネコまっしぐらときたもんだ!」とはりおうぎ(張扇)が自慢げに音を立てた。  ハイネケンのボトルが何本か空になると、うってかわって情けない声で「て言うかさぁ〜、誰かズートピア買わない? 僕ちゃんはその金でイビザ島に行きたいんだよ、なんならイビザに住みたいんだよぉ〜。お~い、買ってくれよ~、本物のユートピアに行きたいんだよ~、こんなガラパゴス化した名古屋の片田舎じゃなくてさぁ~、ねぇ買っておくれよ~頼むよ~東山スカイタワーも見えるしさ~いいでしょう? ダメェ?」  さぁさっぱりだ。  Zootopia店長の僕ちゃんは精神が崩壊したようで、指先が第一関節ぐらいまでなら擦り切れるほどギターを弾き、声が砂消しゴムでこすったみたいガサガサになるまで歌った。そしてそのままカウンターに突っ伏し、動かなくなった。  暇な雨の夜は人を狂わせるようだ。  満月の夜なんかよりもぜんぜん強力な麻薬だ。  市松模様の塗装が剥げてボロくなった床にはマイクのケーブルやらギターのシールドやらが川口浩探検隊に退治された蛇の死骸みたいにこんがらがっていた。テレ朝の水曜スペシャルさながらだ。名古屋だと名古屋テレビね。  生まれ損ねたカエルの卵のようなアスピリンを床から拾い上げ口に含み1、2度コリっと噛んで、もごもごと「てか、ピーマンなんでお前まで倒れてたんだよ。今日は奴らの振り付けレッスンがあるから、せめてお前だけはしっかりしてろって言ってただろ? てか、苦いこの薬」他力本願は僕ちゃんの特技の一つだ。どんなことも人のせいにできるくらい。太ってしまったのもビールのせい、冷えたハイネケンのせい。   「完璧完璧、僕ちゃんはできる方の僕ちゃんだから、って言ってましたよ、もう。忘れちゃいやっすよ、はい水、もう」僕ちゃんを適当にあしらわせたらピーマンの右に出るものはいない。僕ちゃんはこいつに飼われているのかもしれない。  「ゴ、キュ、オーマイガー、はぁ、ピーマンお前はいいよなぁ、暇で空っぽで、てか、じゃあ、できない方の僕ちゃんって誰ちゃんだよ?」適当には適当で返すのがこの店のしきたりだ。誰が決めたわけでもないが、そうなのだ。  「てか、急いだ方が良くないですか? ほら奴ら、きちゃいますニャン」適当に微笑むピーマン、適当に焦る僕ちゃん「ニャン!」早押しクイズみたいに素早くグラスをカウンターにバン!っと叩きつけた。  小さなライブハウスの小さなステージ。  マイクがその音を拾った。  エレクトロボイスのスピーカーにエコー。  やたらと遠くでこだまする。  悲しくも優しくも命が散っていくみたいに。  片田舎のライブハウスの命は儚い。  ビルの7階にあるのに地下鉄東山公園駅に走る車両の振動がカウンター越しにうっすらと伝わってきた。  朝の東山はそれくらい静かなのだ。
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