朝虹

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 雨洞は横たわる兄を見つめたまま、淡々と答える。そうか、と養父は自分の頭をつるりと撫でで、唸った。 「そろそろ血中濃度も安定してくると思ったんだけどな」 「今まで使っていた抑制剤が、まだ抜けていないんだろう」 「半減期は過ぎていると思うんだけどねえ……」  養父母はぽつぽつと意見を交わし合う。 「あんた、まさか間違えた薬、持ってきてないだろうね」  養母がじろりと睨んで、鋭い視線に気弱な養父はたじたじとそんなことはない、と反論した。 「そんな心配はしてないですよ」雨洞は苦く笑う。養母の冗談は分かりづらい。「そもそも、成功する確率の方が低いんです。変化なしは、むしろいい結果かもしれない」 「大丈夫、ちゃんと効くよ」  養父が言った。しずかな声だった。割れた地面にしみ込む水のような声は、知れずカサついた雨洞の気持ちをそっとなだらかに整えてくれる。  またノックの音が鳴る。心当たりがなく首をひねる雨洞に向かって、養父は軽く手を挙げた。彼の関係者らしい。 「どうぞ」  言葉の後に入ってきた人物を見て、雨洞は目を見開いた。 「こんにちは。……いや、久しぶり、かな」  胸まであった長い髪はバッサリと切られ、丸かった頬はすっきりとシャープになっていたけれど、ベリーショートからのぞく耳の形は変わっていない。  おずおずと病室に入ってきた彼女――結花は、あぜんとする雨洞に向かって照れくさそうに笑った。 「どうして、ここに」 「彼女が我々の研究に協力してくれたんだ」  結花の代わりに養父が答える。雨洞は養父と結花を交互に見た。口を半開きにして声を出せない雨洞の姿に、養母は呆れ、養父は苦笑し、結花はやさしく目を細める。 「変わってないね、洸紫」  結花はそれだけ言って、兄のベッドに近づいた。博物館の展示物を覗き込むように、そっと彼の顔をのぞきこむ。 「バカだね、洸陽。本当に、ばか」  結花のつぶやきは震えていた。小さな両手が、白いシーツを固く握る。雨洞は音を立てないようにそっと、養父母を連れて廊下に出た。
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