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その酒場のドアを叩いたのは、『新参者にも優しい』と友人に教えてもらったからだった。 故国から新天地を目指してこの国にやって来たが、船が着くのは国の北部にある港町だった。友人がいるのは南東部のこの国最大の町だ。今夜はこの町で一泊して、友人のいる町へ向かうつもりだった。 まとわりつくような熱気は故国にはないものだ。ただ立っているだけで、じっとりと汗が滲んできた。そしてそれは乾くことなく肌に残り続ける。酒場の中でも変わりない。太腿に張り付くズボンが気持ち悪かった。 酒場の中では様々な年代の男達がくだを巻いていた。出身国も様々だろう。 結局、この国へと来た者は故国であぶれた者達なのだ。故国では地べたを這いつくばるように生きていたが、新天地で一旗揚げようとここへ来たのだろう。 ガタつくイスに腰かけ、ラムを頼む。温いアルコールが喉を焼き、暑さでぼんやりした体の輪郭をさらにぼんやりさせるようだった。 「……」 隣のイスがガタガタと音がした。後から入ってきた男が苛立ちを隠すこともなく体を揺らしていた。薄暗い酒場の中では輪郭がぼやけてしまうくらい、薄汚れた色の服を着た初老の男だった。 「くそっ」 男は首からかけていた小銭入れの中身を確認していた。懐に入れていた財布の方はスられてしまったのだろう。薄汚れた上着には『L.H』の擦り切れそうな刺繍が縫い付けられていた。 「一杯奢りましょうか?」 「こんな国じゃ、親切心は忘れた方がいい」 「だからこそです。今日で最後にするために」 どのみち明日にはこの町を出る。故郷への郷愁は今夜で終わりだ。 「この国へは仕事で?」 「ええ、友人の紹介で」 貿易会社に勤めているその友人に、事業を広げるから手伝ってくれと呼ばれた。故国の都市の片隅でケチな仕事を続けるよりは、と数か月かけて船賃を貯めた。 「名前は?」 「ルイスと」 男の目がわずかに大きくなり、瞬きをした。知り合いの名と同じだったのかもしれない。 温いアルコールを喉に流し込むと、初老の男はルイスを見た。 「この酒のお返しに、あんたに一つ話をしようか。新参者がこの国でうまくやっていく参考になるかもしれない」 「それは楽しみですね」 酔っぱらいの与太話なら聞き流せばいいが、男の目は奇妙な鋭さがあった。
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