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「ドールが衛兵の喉に噛みついた。噴き出した赤い血が陶器の肌を汚し、真っ赤な服に吸い込まれた」
つまらない作り話だ。
そう自分に言い聞かせるのは簡単だが、目の前の男に人形の作り話は不釣り合いだった。
「その衛兵はバランスを崩して穴に落ちそうになって、とっさに同僚の腕を掴んだ。だがドールはその同僚の腕に噛みついた。そしてそのまま二人で穴の底へと消えた。血まみれのドールと一緒にな。落ちていく時、ドールは医者に向かって腕を伸ばしたそうだ。その表情は憎しみがこもったようにも悲しげにも見えたと」
医者が穴の底に自分を捨てようとしたと、それは思ったのだろうか。おそらく遠いスコットランドの地から一緒にこの国に来たのだ。
「今でも穴の底からは声が聞こえるそうだ。唸り声のような怨嗟の声が。時々、大雨の後に動物が流されると、その時だけ声が止むそうだ」
飢えて唸る? もし人が穴を覗き込んだら、その飢えた人形はどんな反応を示すだろうか。
「これは俺の予想だが、あの医者は人食い人形のために旅人を殺していたんだろう。殺人がばれそうになって、ドールを始末するいい機会だと思ったのかもしれない。ようやくドールから離れられるんだからな。ずっと隣に置いておかないと、何するかわからない奴から」
「そして穴にはまだその人形がいると」
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