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そして決めました。再び、赤い扉の紅茶屋さんに行くことにします。ここでの出費を抑えておけば、後の生活も少しは楽になることでしょうから。
メニュー表をばたんと閉じて青い扉から寒空の下を通り、赤い扉の前で止まります。金の取っ手に手を掛け、ギギッと押し開けます。
アハハハハハハ
ヒーッヒッヒッヒ
なんと騒がしいのでしょう。さっきまでは店に居なかった、6人ほどの男女の集団が、一番大きなテーブルで楽しそうに笑いあっています。
「いらっしゃい。また来たね。」
入り口で唖然と立ち尽くす記者に、テシモさんは愛想よく話かけました。
「あ、ああ、いや…」
これでは落ち着いて原稿に取り組むことなんてできません。予定変更です。
彼はくるっと回れ右をして、暗くなりかけた通りへ戻り、すぐ隣の青い扉を引きあけました。
「いらっしゃいませ。」
奥の方から落ち着いたおばあさんの声がして、次につん、と煙草の煙が彼の鼻を突き刺しました。
「あの、ここは喫煙なのですか?」
記者はゼーゼーハーハー言いながらニシモさんに尋ねました。彼はたばこの煙が大の苦手なのです。何か病気にかかっている訳ではないのですが、ぷんと漂う土っぽい煙をちょっとでも吸ってしまうと何とも言えない暗い気持ちになるのです。これでは原稿なんて手につきません。
「ええ。そうです。」
小さなお盆を抱えたニシモさんは毅然と答えます。
「そうでしたか…」
思いがけない事態に言葉を失った記者は、その場から後ずさることしかできませんでした。
空はすっかり暗くなっていました。日は一度傾いてしまうと、どんどん沈んでいってしまうのです。ニシモさんは、彼の目の前でそっと扉を閉めました。
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