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担任に先導されて在校生の拍手に見送られながら、春の陽射しに輝く体育館の外へゆっくりと去っていく。
退場曲は今年の流行り曲のメドレーで、長めの演奏時間なのもあって催し事のたびに演奏していた。間奏中でも曲に馴染みのある女子生徒たちは泣き腫らした赤い目のまま感動しっぱなしで退場していく。
トランペットの独奏。つかの間、クラリネットとサクソフォン組が同時に楽器を下げる。佐野の視線が思わず引き寄せられた。
坂梨部長。良く笑い、初参加の全国コンクールに緊張する佐野たちを励まして、落選したときも顧問に怒られながら一人だけ笑って、音をミスして号泣する部員を慰めて、一度も涙を見せたことはなかった。
隣で紺野が身じろぎする気配を感じた。
どうして全国コンクールでミスをした紺野を次の部長に指名したのか。あの日、佐野はリハーサルの見学にやってきた坂梨先輩に訊いた。
プレッシャーに弱い紺野を、わざわざ目立つ場所に引き上げたのは何故なんですか。上手い人は他にもいたのに。
――コンちゃんなら大丈夫。まっすぐに自分の気持ちを出せる人は、周りを巻き込んで成長できるはずだから。
艶やかな黒髪をなびかせて、坂梨先輩は今日も笑顔で歩いていく。光の差す方へ。
――それに、佐野君もコンちゃんの隣で支えてくれるでしょ?
拍手の海を、春の陽だまりへ緩やかに泳いでゆく卒業生の波。そこから突然、卒業証書を大きく掲げた彼女が飛び出した。
円筒の卒業証書を指揮棒のように大きく振り回す。リハーサルで一年生が何度も躓いたパートを知っているから。対岸のキャットウォークからでは、細かい指揮が見えにくいと懸念していた紺野たち二年生の不安を知っていた。
「あんな度胸、俺には無理だな」
囁くと、控えめに紺野が笑った。
「佐野にできなくても、私は部長なの」
隣に映る横顔は、昨日まで佐野が憶えていたよりも大人びていて、階下の光の道より輝いていた。
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