それは、知る人ぞ知る彼の不思議な習慣

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じゃがいもを薄く切って、油で揚げて、塩をまぶす。そしてそれをただひたすらに食べる。目の前の困難な問題に対して、一歩も前進してはいない。でも確かにこの黄色い山が消える頃、きちんと50枚ずつがそれぞれのお腹に収まる頃には、彼の心も優しく軽やかな色合いの淡黄色に染まっていることだろうと想像する。 こんなに沢山あるなんて、と感じていても一枚一枚はふわりと軽く、次の一枚を誘う魅惑の美味しさだ。きっとお腹ははちきれそうになるに違いないが、それは罪悪感ではなく充足感と共にやって来ることだろう。 ほとんど中身が無くなっている隣のカップに、ポットから追加のアップルティーを注ぐ。 「ありがとう」 ふとゆるめられた目元は、すぐに彼の気持ちの結晶とも言えるポテトチップスの山へと戻された。じっと、真摯にその山へと向き合っている。外の光を浴びてより暖かな色に見えるその山には、彼が決して口にしない思いの数々が込められているのだ。私はお腹が満たされて少しぼんやりとしたまま、真剣な宏輔の様子を眺めていた。 ゆっくりと喉を潤すとまた一枚、チップスが口の中に放り込まれる。テレビも点けず、聞こえてくるのは開かれた窓から微かに聞こえる外の音だけだ。遮るものは網戸とレースのカーテンだけのはずなのに妙に遠く聞こえる。 いけない、私も彼の悩みの欠片を食べなくては。半分こすると言ったのだから。 流れる世界から取り残されたようなこの空間で、ただひたすらにふたりでポテトチップスを食べている。この滑稽で、どこか厳かでもある儀式は薄黄色の山が無くなるまでまだまだ続く。
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