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休み時間、加藤晃彦は周囲の喧騒などには構わずに窓のほうを、頬杖を付いて眺めていた、いつものように。窓の外は見事な目白の森の新緑が広がっていた。光を優しく反射する葉に見とれているふりをしながら窓際の席にいる同級生の姿を、気づかれないようにそっと見詰めていた。
さらさらの黒い髪が光を通すと茶色がかって見える。そんなことをを思っていると同級生の1人が彼に話しかけた。黒田だった。楽しそうに話している。そんな様子に理由も分からないまま腹立たしさを感じた。黒田は、窓に寄りかかって喋っているため、彼の様子はまだ見詰めることが出来る。二重まぶたの大きな瞳。その瞳も髪の毛と同じく光を受けるとわずかに茶色になることも知っていた。
ふっくらとした形の良い唇は、桜貝のような色をしている。黒田と喋っているのでその唇が楽しそうに動く。冗談でも言われたのかほんのり笑う。
組では平均身長の黒田と同じ身長の彼、片桐武明は、「たけあき」という、「武に明るい」という名前からは連想出来ないような華奢な身体つきだ。しかし、運動の時間となるとその華奢な身体はしなやかで俊敏な動きを見せることも知っていた。
学習院の運動は厳しいことで知られている。何しろ、乃木大将が院長なのだ。華族も厳しく鍛えなければならないという教育方針の下、武道は一通り授業科目の中に入っている。
いつの頃からだろう。片桐武明のことをこんなふうに意識するようになったのは。
気が付くと、彼の姿をこっそりと目で追い、声が聞こえると耳をそばだてる。クラスメイトと話していると苛立った気分になる。自分が疎外されているようで…。
といっても、晃彦にも親しいクラスメイトは多数居る。中には親友と認め合った人間も居る。三條雅弘がそうだ。
しかし、三條が誰と喋っていようと気にしないし、姿を見詰めようとは思いも寄らなかった。顔のせいか、とも思ったが、三條と晃彦が連れ立って外を歩くと学習院女子部の女学生達が顔を赤らめる。大胆な女学生になると制服で学習院だと分かるのか、頬を紅潮させながら付け文を手渡して来るものもいた。付け文の数は少しだけ晃彦の方が多いが、三條も二桁の付け文を貰っているのだ。かなりの二枚目だ。かといって三條の顔を見詰めることはありえなかった。
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