第1章

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「今日はお車でお送りするほうが宜しいのではありませんか」 「相変わらず心配性ですね、母上。学校で車の通学は禁止されているのですよ」 「でも、晃彦さん。以前の夜会でお目にかかった伊東様のご子息はお車で通学されていると仰られていると伺いましたわ」 「院長先生は軍功がおありになるので、学生は身体を鍛えるためにはなるべく歩けといつも仰っています。だから自動車通学も禁止されているのです。その決まりを破ることは僕には出来ません」 「まああ、真面目なこと。晃彦さんはいつも真面目ですわね。では女中を誰か付けましょうかしら。マサ、早速」 「承りました、奥方様」 「いや、マサ。それには及ばないよ。女子部の生徒でもあるまいし、付き添いなど恥ずかしい」  長男である自分を気遣ってのこととはいえ、過保護だと思った。母がそれ以上何か言い出す前に、さっさと登校するに限る。そう思って屋敷を出た。  曇り空だった。母達とのやり取りのせいで傘を持ちそびれたことに気づいたが、引き返すと学校に間に合わない。 「雨が降ったらその時はその時だ」そう思い、登校した。  下校時間には本降りの雨が降っていた。しかも雪も混じっているようだ。通用口に佇んで、「誰かの傘に入れて貰おうか。それとも、屋敷に電話しようか」と思案に暮れていると、 「ほら」とぶっきらぼうな声と共に大きな傘を開いていた片桐がいた。華奢な指先が骨の太い傘を操るにはいささか不似合いだったのが印象に残った。 「このくらいの大きな傘だと一緒に入れるだろう。お前の屋敷まで送る」  今まで口も利いたことのない相手の唐突な厚意に驚いた。  しかし、片桐の顔は強張ったままだ。片桐の住所は知っていた。学校が配布する住所録に載っていたからだ。加藤の屋敷を通り過ぎてから片桐の屋敷に着くはずだ。  この際は仕方ないと吐息を飲み込んで、 「では、頼む」 「ああ」  そう言ったが、不本意な表情を片桐は浮かべていた。   こいつは敵だ。晃彦が会ったことのない祖父の。その思いがどうしても有るせいでこちらから口を開く気にはなれなかった。
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