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一言も口を利くことなく、雪交じりの大雨の中2人は帰路を歩いていた。身長差があるので、片桐は不自然に手を上げて傘を差している。それも気の毒だと思い、
「傘、持ってやろうか」
そう言った。誰にでも向ける加藤の優しさだった。しかし、片桐は冷たい表情のまま、
「構わない」
つっけんどんに言った。視線は正面を向いたままだ。
「あの」片桐に親切に言ってやったのにと心外に思った。憤りのあまり、
「何故、俺に傘を差し出してくれたのか。知っているだろう。加藤の家がお前の家を恨んでいることは…」
社交界は狭いのでその件が噂になっていることは、知っていた。
「オレの家だって、お前の家のことは恨んでいる。それは知っているのか」
正面を見据えながら真剣で強い口調で、言い切った。
「それは…初耳だ」
片桐の家を憎んでいるのは加藤家だけだと思っていた。しかし、片桐家でも同じだったとは。
「話を聞きたいか」
真率な声がした。わずかに震えている、声。
「ああ」
「加藤侯爵が大将となって、我が城に攻め込んだ時のことだ。圧倒的な政府軍・・・当時は薩長軍と言ったが・・・に、ろう城するしか方法は無かった。
おまけに我が領国は飢饉続きで、碌な蓄えも無かった。その中で家臣達は飢えを紛らわせ戦った。皆、『城を枕に討ち死にいたす』が口癖だったそうだ。奥女中や元服していない少年までが戦ったそうだ。
ろう城は二ヶ月続き、政府軍の猛攻に成すすべも尽きた。兵糧も武器も、家臣たちの気力もな。
政府軍がこの城を落としたら、何をされるか分からない。奥女中は喉を突いて自害し、重臣どもは、和平に向けての話し合いの場に立った」
初めて聞く話に内心驚きながら片桐の言葉をただただ聞いていた。相槌を打つ余裕すらなくて。
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