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「その時、条件を出したのは加藤侯爵だ。『父上を助命するために重臣達は切腹せよ』と。『殿をお守りするため』に・・・話し合いが終わり、誓紙を取り交わした後、父の信頼していた家臣達は全員が腹を切った。
戦が終わってみると、落城の憂き目をみたのは我が城だけだったが、政府軍に反抗していた他の藩は、城に白い旗をささげると藩主はもちろんのこと家臣全員が無事だったそうだ。
我が家だけが重代仕えてくれた重臣をあたら命を奪われた。総大将の命令で。助命嘆願を加藤侯爵が総司令官に上申すれば助かったはずだ。もちろん奥女中の命もだ。
父上は、今も当時の悪夢を見て、うなされるそうだ」
感情を押し殺した声で片桐は言った。大きな目は潤んでいたが、悔しそうだった。
「…そう・・・だったのか…」
それだけしか言葉が出なかった。
「何故、俺の家のことは社交界には伝わっているのに、片桐の家のことは伝わっていないのだ」
自嘲気味に唇を噛んだ片桐は、
「政府軍のしたことの美点は喧伝されたが、民にとっては欠点となるようなことは隠された。社交界も例には漏れない。だから知っている者は我が家のものしかいないはずだ」
淡々とした口調だったが、内心は違うな、と加藤は思った。
「だから、オレの家ではお前の家に恨みを抱いているし、お前の家も…だろ」
動揺はしたが、加藤は冷静な表情を作ることは得意だ。
「俺の家のことはどれだけのことを知っている」
そう尋ねた。
「鹿鳴館の時代が終わっても、どこかしらの屋敷で夜会がある。そこで聞いた。お前の祖父様はオレの父上が撃った鉄砲で戦死された…、と」
「ああ、その噂は真実だ」
「やはりそうか。だからお前はオレを見る時の目が、他の級友達を見る目とは違っていたのだな」
「…・・・」
見抜かれていたとは予想外だったが、顔には出さない。
「オレの家とお前の家は敵同士だ」
ぷっくりした唇を噛み締めてそう言った。
話をしているうちに、下町に通りかかった。加藤にとっては、足早に通り過ぎたい場所だ。加藤の家では雑巾でももっと上等の物を使うだろうと思われるほどの擦り切れた着物を纏い、髪は碌に手入れをしていないらしい。
銭湯にも行っていないのか、みな異臭を放っている、何だか別世界に迷い込んだようだった。
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