第4章

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 彼の顔には殆ど動揺は見られなかったが、あまり内心を顔に出す性格で無い事は自分が一番良く知って居る。    不安に駆られ、丁度近くに居た三條に囁いた。 「俺のせいだろうか」    こめかみの辺りを三條は押さえて暫く考えてから言った。 「……いや、もしそうだとすればお前も同じ様に呼び出しが有る筈だ。口裏合わせを予防する為に彼だけを呼び出したのではないとすれば、違う件だろう」   ――口裏合わせでない事を祈るだけ……か――    焦燥の内に時間だけが経過していく。院長室に近付きたかったが、堅牢な作りの建物だ。盗み聞きなど出来そうにも無い事は承知している。現状を把握するのは無理な話だ。    昼休みが終わる頃、片桐が教室に戻って来た。顔は強張っていたが、一瞬、自分の方に柔らかな視線を流し、三條の下に近付き何かを囁くと帰宅の準備を始めた。  直ぐに三條に問い質したかったが、無情にも鈴が鳴った。    教員が入って来るのと同時に片桐は教室を出て行った。勿論、授業を聞ける心理状態では無い。  時計の針が動くのをこんなにも長く感じられた事は無かった。一分毎に時計を確かめ、早く授業が終わるのを待つばかりだった。    永遠に続くかと思われた授業が終わると、三條の席に急いだ。片桐と仲が良い生徒も三條の席に近付いている。 「片桐君はどうしたのだ」    皆が、異口同音に質問している。 「ああ、彼の父上が倒れたそうだ。それで急いで帰宅すると」    そう皆に言ってから、三條は視線で自分を促した。    彼の後に従って中庭に行く。 「彼の父上がお悪いのか」    誰も聞きとがめる人が居ない場所に着くと急いで聞いた。 「ああ、何でも昏倒なさったらしい。それでお前に伝言だ。『今日からは屋敷に居なければならないので例の場所には行く事が出来ない』との事だ。確かに伝えたからな」    家長が病気になった場合は、看病は使用人の仕事だが、見舞い客などの対応は嫡子である片桐の役目だろう。その点はどの家でも同じ筈だ。    それで、自分との約束を反故にすると三條に伝えたらしい。動揺はしている様だが、自分を見失わないのが彼らしいといえば彼らしい。
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