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佐知子のアパートは8畳一間。シングルマザーと1人息子の2人暮らしとはいえ手狭な感は否めない。玄関には今にも履き潰されそうなスニーカーが大人用と子供用1足ずつ置かれており、ゴミ箱にはスーパーの半額シールが貼られたラップが捨てられていた。部屋の片隅に置かれている黒のランドセルにはところどころマジックか何かで傷やあざを隠した跡が見受けられる。
「母親の手1つでお子さんを育てるのは大変だったでしょう……」
斎藤が部屋を見回しながらそう漏らすと、
「ありがとうございます」
佐知子はそう礼を述べて座っている斎藤の前に緑茶を差し出した。斎藤が軽く会釈をして茶碗を口元に運ぶのを目にしつつ、佐知子は再び口を開く。
「夫と別れてからというもの、仕事はパートしか見つからず、こんな暮らしが続いていました」
薄暗い部屋を眺めながら、斎藤は佐知子の話に耳を傾ける。
「私にとっては陽介は心の支えでした。ただでさえとても頭のいい子に生まれましたから、私なんかみたいなみすぼらしい生活はさせたくなかったんです。そのためには全てのことをさせるつもりでいました」
斎藤が頷きながら周りを見回すと、テーブルの傍に国立中学校向けの進学塾のパンフレットが置かれており、 その隣にテストの答案が置かれているのに目がとまった。
「随分苦戦されたようですね」
0点の答案を見つめながら斎藤は佐知子に問いかけた。
「ええ。ここ2~3ヶ月ずっと英語の塾をサボっていたんで全部忘れたんだと思います。やればできる子なのに。何度も休むなって厳しく言い聞かせたんですけど……勉強もしなくなりましたし」
「昔は勉強熱心だったんですか?」
「はい。英語の塾を休みがちになる前はすごくよく頑張っていたんですけどね。それこそ鉛筆をあっという間に使い切るくらいの勢いで、です」
「そうですか……」
斎藤は佐知子の話を一通り書き留めるとそう言い、開いていた手帳を閉じた。
「大変な中お話をお聞かせくださりありがとうございます。またお伺いするかと思いますがよろしくお願いします」
斎藤は佐知子に深く頭を下げると、部屋をあとにした。
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