100の春を

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… 「婆さん。ほら、綺麗ですよ。」 ー車イスを押す年老いた男とその車椅子に座る年老いた女。 その後ろに立っているのは娘さんでしょうか?顔を手で覆っています。…指の隙間から見える濡れた頬。ー 「…婆さん、桜が綺麗ですよ。」 ー婆さんと呼ばれた女性は男性の声に反応する事はなく、静かに車椅子に座っています。 その姿に生気はなく、置かれた物のように微動だにしません。ー 「…婆さん…、タミ子。すまなかったな…お前はずっと桜が見たいって言ってたのに、結局最後の最後まで病院に縛り付けてしまって…。なぁ、タミ子。少し待ってておくれ。私もすぐにそちらに行くから。なぁに、長くは待たせないさ。私も随分と歳をとった。…今までありがとうな。…どうか、安らかに眠ってくれ…。」 ーそう言って私に触れた男性は、声には出さなかったけれど私にあるお願い事をしてから、再び車椅子を押して行きました。 後ろに立っている娘さんも交え3人で私の降らす桜の花びらと共に帰って行きました。 「タミ子が天国でたくさんの桜を見れるようにしておくれ。」男性は私にそうお願いをしていました。ー …桜の花びらが散って行きます。今年も私が色づく日々は終わりを告げます。 たくさんの人を見てきました。楽しんでる人たち、悲しんでる人たち、恋する人たち、たくさんの人たちをここで待っています。 それが私の唯一の楽しみなのです。
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