卒業の日

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 高校の卒業式の朝、僕はいつもより早めに家を出た。  なんだか昨夜は興奮してよく眠れなかったからだ。  家を出て、いつもより丁寧に玄関扉を閉じると、自宅の表札が目に入った。  『堀内 光男 美子 貴子 美光(よしみつ)』の字が、いつの間にか視線と同じ高さになっていたことに、今更ながら気付く。  初子の姉の時は、悩みに悩んだ末に名前を付けたのに、僕の時は、二人目だしという事で、適当に両親の名前から取ったと聞かされた事を、ふと思い出した。  僕はこの古臭い名前が大嫌いだったけど、姉には、美光だけずるいってよくいわれてたっけ。  そんな姉の貴子(たかこ)も、結婚してもうここにはいないのに、表札はそのままなんだな、なんてことも思いながらそれを眺めていた。  そして、四月からは僕もこの家を出て、一人暮らしを始める。  そうなったら、流石にこの表札も変えちゃうのかな。そんな事を考えていたら、不意に玄関が開いて、両手にごみ袋を抱えて出てきた母が、ちょっと驚いたような顔をした。  「あら、美光まだいたの?」  僕はそれには答えず、表札を眺めたまま母に聞いた。  「なあこれ、どうして未だに姉ちゃんの名前を残してんの?」  母は僕の視線を追いかけ、僕の言っている意味に気付くと、感慨深げに表札を眺めながら答えた。  「あんた、表札だって、ただじゃないんだからね」  「は?そんな理由で」  「なんてね」  母は一度ゴミ袋を足元に降ろすと、大きくため息をついた。  「どこに嫁いだって、どんなに離れていたって、貴子はうちの娘よ。だから、いつ帰ってきてもいいように‥‥‥なんて言ったら縁起が悪いかしらね」  「それは、シャレになんねえって」  僕がそう言うと、母は大げさに笑った。
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