6人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
高校の卒業式の朝、僕はいつもより早めに家を出た。
なんだか昨夜は興奮してよく眠れなかったからだ。
家を出て、いつもより丁寧に玄関扉を閉じると、自宅の表札が目に入った。
『堀内 光男 美子 貴子 美光』の字が、いつの間にか視線と同じ高さになっていたことに、今更ながら気付く。
初子の姉の時は、悩みに悩んだ末に名前を付けたのに、僕の時は、二人目だしという事で、適当に両親の名前から取ったと聞かされた事を、ふと思い出した。
僕はこの古臭い名前が大嫌いだったけど、姉には、美光だけずるいってよくいわれてたっけ。
そんな姉の貴子も、結婚してもうここにはいないのに、表札はそのままなんだな、なんてことも思いながらそれを眺めていた。
そして、四月からは僕もこの家を出て、一人暮らしを始める。
そうなったら、流石にこの表札も変えちゃうのかな。そんな事を考えていたら、不意に玄関が開いて、両手にごみ袋を抱えて出てきた母が、ちょっと驚いたような顔をした。
「あら、美光まだいたの?」
僕はそれには答えず、表札を眺めたまま母に聞いた。
「なあこれ、どうして未だに姉ちゃんの名前を残してんの?」
母は僕の視線を追いかけ、僕の言っている意味に気付くと、感慨深げに表札を眺めながら答えた。
「あんた、表札だって、ただじゃないんだからね」
「は?そんな理由で」
「なんてね」
母は一度ゴミ袋を足元に降ろすと、大きくため息をついた。
「どこに嫁いだって、どんなに離れていたって、貴子はうちの娘よ。だから、いつ帰ってきてもいいように‥‥‥なんて言ったら縁起が悪いかしらね」
「それは、シャレになんねえって」
僕がそう言うと、母は大げさに笑った。
最初のコメントを投稿しよう!