触れたい衝動

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タクシーを降りてすぐに、人影に気がついた。 見慣れた茶色のスウェードのブーツ、細身のジーンズ。 カーキ色のブルゾン。そして……前に玲子が貸したグレーのマフラー。 「智也」 マンションの前。ライトに照らされた智也の顔。 微笑んでいた。いつもの優しい智也がいた。 「良かったぁ。玲子。連絡つかないから心配になって、きてみた。ちょーど今だよ。ここに、着いたの。タイミングよく玲子が着いたなぁ」 明るく笑う智也を申し訳ない気持ちで、見上げながら近づいた。 「智也、ごめんなさい……」 謝りながら智也の手に触れて、びっくりして手を離した。 ーーー冷たい。氷みたいに冷たい。 「智也」 間近で見上げた智也の鼻。赤くなった鼻先。 「……」言葉に詰まる玲子。 「寒かっただろ?」 智也は、巻いていたグレーのマフラーを玲子の首に巻いた。 「智也、ごめんなさい。あの、うちに入って。温かい飲み物でも出すから」 もう一度、玲子は智也の凍えた手を握りしめた。玲子の手をやんわりと押し返した智也。 「無事だったんなら、それでいい。今日は……遅いから帰る」 ーーー私は、なんて女なんだろう。私は、こんな時でも怒ったりしない穏やかな微笑みを浮かべる智也を、明るく振る舞う理由をよく知っていた。 知っているくせに私は、智也に無理をさせていた。
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