触れたい衝動

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「私、帰るわ」 ベッドの脇にあるサイドテーブルに置いてあったバッグを掴んで、玲子はベッドをおりた。 後ろから、玲子の腕を掴んだ。 振り返って、玲子は無表情の西を見た。 「待て…… コート、忘れんなよ…」 ーーーあ、コート。 そんなものの存在を忘れていた。一体、私は、待て……と言う西の言葉の後に何を期待していたんだろ。 ひとりで恥ずかしくなって俯いて、フローリングの床を見ていた。足の指をもぞもぞと動かしていた。 ーーーあったかいな、この床。床暖房かな? それにしても男の部屋の割に妙に片付いた部屋だわ。智也の部屋も案外綺麗だけど……。……智也。 最近、智也と毎日一度はメールのやり取りをしていた。昨日は、家に帰り着く前に拉致されて、今さっきまで寝ていたから一度もメールを送っていない。 ーーーメールきてるかも。 西がコートをクローゼットから出してくれた。羽織る前にベッドにコートを置きバッグからスマホを取り出してみた。 ーーーあ、やっぱり。 智也からのメールが3通届いていた。着信も2度。 ーーー智也、きっと心配してるよ。どうしよう。 「送る。行こう」 前ならスマホをいじり、もたつく玲子の手を苛立たしげに引っ張って先導する西の手。 玲子は、スマホをバッグへ入れると、西の姿を眺めた。 今の西の手は……。 キーケースを持つだけの手。ドアノブを掴むだけの手。 ーーーさっきだって、私から掴んだり、触れただけだ。西から触れて来た訳じゃない。 あの手が節くれだった指が、自ら進んで私の手を掴む事は、きっともう……ないんだろう。 玲子は、こめかみを押さえた。 ーーー頭が重い。 西に何を期待してるんだろう。 私には、智也がいる。長年好きで大好きな智也。智也の元に帰るだけ。少し、西に関わったせいで軌道が外れた。それだけのこと。軌道を元に戻して、智也の手を取る。それが私の望んでいることだわ。 当たり前の西の動作ひとつ、ひとつを後ろから玲子は、じっと見ていた。 まるで、外国へ観光する旅行者のように、この景色、この瞬間を忘れてしまわないように西の背中を見つめた。 ーーー西に会うのは、きっと、これが最後だわ。きっと……。
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