二人の時間

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リビングの掃除を始めた。 何かしていないと落ち着かなかった。掃除機をかけて、フローリングをスプレーがけして拭いた。 雑誌を集めて、捨てようとまとめにかかっている時、ふと、目についた雑誌。 いつか古本屋で見つけた総合格闘技の古い雑誌。ぺらぺらとめくって、外人格闘家の背中に彫られた意味不明の漢字の羅列を見て玲子は少し笑った。 雑誌の刺青を見て、ある男を思い出した。西だ。 ーーーあの人、今月で会社辞めると言ってた…実家を継ぐわけでもなくて…どうするんだろう? 西の冷たい表情を思い出していた。西のごつごつした手を思い出した。けれど、手を握った感触だけは、うまく思い出せなかった。 ーーー硬かった? 温かかった? どのぐらいごつごつしてたっけ? 自分の手を眺める玲子。 背中には彫り物は無いと笑った顔。低い声。トラの刺青。 ーーー刺青のさわり心地は、どんなだったっけ? 西の見せた涙を思い出していた。 ーーーもう、関係ない人なのに。なんで思い出すんだろ。 玲子は、格闘技の雑誌を他の雑誌の間に挟んで紐でくくった。それから、何気なく壁の時計を見上げた。 =15時40分= 昼食にしては、あまりに長すぎる時間。 智也からの連絡は、まだ何もない。 玲子は床にぺたりと座り込んで、まとめた雑誌をお腹に抱きしめて頭を雑誌の上につけて丸くなった。 ぐすっ…… ぐすっ……鼻をすすって、 「花粉が……ひどいなあ……今年は……あ、あっ~うー……ん」 雑誌を抱えて泣き出す玲子。 いつしかそれが号泣に変わった。 呻くように、わめくように、近所迷惑なほどに泣いた。 泣きながら、垂れる鼻水もそのままにしておいた。 雑誌を放り出し、顔を覆って泣いた。丸くなってひたすら泣いた。 本当に具合が悪くなるほどに泣いた。 だんだん、あたりが暗くなり家の中の電気を点けなければいけなくなるまで泣いていた。 顔も床も服もぐしゃぐしゃだった。 床にひっくり返って、天井を眺めた。 ーーーひとり。孤独だわ。完璧にひとりきり。 慰めてくれる人のいない部屋。 日中、あんなに温かかったのに、今は寒くなってきていた。 また、丸くなった化け猫は 膝を抱えて寒さに耐えていた。
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