四章 技術の問い

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「顧客先でも気楽にな」西園寺さんが言った。 「はい。気楽にします」俺は西園寺さんが気遣ってくれたことを嬉しく思った。 西園寺さんが茶色の扉を開く。 俺は上代さんに続いて茶色の扉を出る。 俺は西園寺さんと上代さんに並んで外を歩く。 顧客先は電車で三十分の距離だった。 俺は駅に向かうまでの間、氏家課長の姿を想像した。 顧客先の課長の氏家さん。 電話で話したことはある。 電話では、穏やかな人という印象だった。 氏家課長を相手に研修で習った名刺交換を初めてやる。 俺は鞄の中に名刺入れが入っていることを何度も確認した。 心の中で何度も自分の名前を呟いた。 俺は顧客先の裏口に西園寺さんの後をついていった。 隣の課の桐生さんが裏口で待っていた。 西園寺さんが訪問者であることを守衛に告げた。 昼は近くのレストランで食べた。 西園寺さんは昼食の間じゅうそれとなく武勇伝を話してくれた。 先輩の武勇伝を嫌がる人もいるだろうが、俺は嫌じゃなかった。 西園寺さんの武勇伝を聞くと、俺がこの先どのような経験をするのか、そして、どのようなシステムエンジニアになるのかを想像しやすかった。 上代さんは時折、「へっ」という顔をしておもむろにパスタを口に入れた。 この二人は同じグループなのだが、仲がいいのか悪いのか分からない。 上代さんは西園寺さんに容赦なく嫌な顔をする。 変に気遣っている間柄ではそんなことは出来ない。 根っこではお互いに信頼しているのだと思った。 俺は二人の様子を見ながら、ハンバーグを堪能した。 西園寺さんが守衛から訪問者用のバッジを四つ受け取る。 一つを俺に渡してくれた。 俺は守衛に挨拶をして、顧客先に入った。 顧客先の中は重厚な造りの調度品が並び、正面に胸像がある。 左手には大きな絵画。 右手に受付がある。 灰色の壁に沿って黒いソファが置いてある。 少しコンクリートの匂いがする。 俺は初めて入る顧客先に体が固くなった。 西園寺さんには気軽にと言われたばかりだ。 緊張をほぐそうとすればするほど緊張してしまう。 西園寺さんが受付に要件を伝えた。 氏家課長が降りてくるそうだ。 俺は鞄から名刺入れを出した。
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