異状

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「…コンだけ?」 「え…?…は、はい…」 森下は徐々に滲み始める手汗を抑えるように、財布をギュッと両手で握りしめた。 「嘘、サイフ貸してよ」 まるで真から見えてるのだろうかと疑わしくなる言いようだった。もう何もかも読まれているのではないかという恐怖にドキドキと心拍が早まる。 「ぁの…俺…薬買わないと、いけなくて…だから、これだけは…」 これは本当の問題で、真の所為でアルバイトをする羽目になったが、実際ギリギリで薬が買えるか買えないのラインだ。せめてもの願いで自分を守るように財布を手に抑え込む。 …だが、やはりそうはうまくいかない。真は人に反発されること、そもそも自分の思い通りにならない事が気に食わなかった。 「…だーから?俺いっつも体育の時、誰かにジャージ借りに行ってて面倒なの。…いーからサイフ、出せよ」 ため息を混じえて森下を急かすように言い付ける。 「あーあ…あん時俺がジャージ貸さなかったら、あんた、どーなってたかなぁ……」 「……っ」 "あの時"されたことが同時にフラッシュバックし、ゾクリと身の毛がよだつ。また、どうせ…彼には勝てないのだ。森下は悔しさと自分の身の低さが恨めしかった。 ゆっくりと財布を机に置くと、真は片手で取ってくまなく手で探る。加えて「すっくなー」なんてぼやきながら入っている全ての札を取り出し口元に持ってきた。 そして財布を机に置き、森下を嗤った目で見下ろし、 「安心して、小銭はとってないカラ」 と言い残し、つるんでいる友達の所に戻って行った。
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