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 隣を見ると、人魚姫がいた。私は息を呑んだ。人魚姫が、私が今までしていたのと同じような調子で、ぼんやりと海の方を見やっていた。彼女はあの時のように発光していなかったし、人間の足できちんと地面に立っていた。それでも、道路沿いの街灯が照らす彼女の横顔を見た瞬間、彼女だ、と私は確信した。  彼女は傘もささず、レインコートも着ておらず、というか一糸まとわぬ姿でだらりと両腕を下げて雨に打たれていた。 「……久しぶり」  骨董品についた埃に息を吹きかけるようにそっと発した私の言葉は、雨音にかき消されたかと思ったけれど、彼女の耳に届いたようだった。彼女はのろのろとこちらに顔を向けた。それから初めて私に気づいたかのように目を瞬いた。長い髪が海藻のように彼女の頬や、胸や、臍のあたりに張り付いている。私はぞくりとした。体の芯が熱くなる。  やや大きな声で、でもできるだけ静かに私は言った。 「どうしてあの時約束破ったの? 明日来るねって言ったのに」 「……」 「私、ずっと待ってたんだよ。日が暮れるまで、ずっと。私たちもうすっかりお友達になったものだと思っていたのに」 「……」 「ああ、ごめん。でももういいよ。こうしてまた会えたわけだから。うん、許す」 「……」 「ごめんってば。責めるようなこと言ってごめん。私言い過ぎたね」     
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