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 涙を拭った手に雪が一片舞い落ちる。私は立ち止まって空を見上げた。真っ暗な空からはらはらと落ちてくる雪を眺めていたら、急に体の奥がむずむずして、なんだろうと考える間もなくそれはばちんと音を立てて弾けた。 「海を見たい」。私は、そう思っていた。思いが言葉の形をとって自覚に至った時にはすでに、その衝動に隅々まで支配されていた。私は心底驚いた。  私は海の傍で生まれ育った。私がこの世に生を受けてから今日までの十五年間食べて寝て遊んだこの町は、かつて海と手を取り合って発展し、今は衰退の一途を辿っていた。我が町は短くない歴史の中で時に海を傷つけ時に海に泣かされけれども概ね上手くやってきて、やがて来る最期の時を海と寄り添い静かに待っていた。さながら老年夫婦だ。潮の香りは家々の間を巡回するように窓から窓へと吹き抜けていく。ただし私たちの海は南国の美しいエメラルドグリーンの海とは似ても似つかない、どんなに晴れている時でも鉛色で、砂浜もどことなく濁っていて、綺麗な貝殻の代わりに昆布が打ち上げられては干からびていくような、物寂しい北の海だった。     
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