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<第一話>
猫というものは、体内に自分だけの時計を持っているものである。
俺のように人間のアナログ時計やらデジタル時計やらがきっちり読める奴もいるが、そんなものをわざと見なくたって問題はないのだ。朝の五時に、ぴったり眼は醒める。そして俺は軽やかな動きで梯子を登ると、ベッドで眠っている男の前でスタンバイするのだ。
奴と来たら、平日なのにぐーすかぴーと呑気に寝ている。目覚ましが鳴った気配もないということは、完全にスマホのアラームを鳴らすのも忘れたのだろう。几帳面な俺は、そんなご主人(仮)に気遣いを忘れない。愛をこめて、毎朝きっちり同じ時間に叩き起こしてやるのだ。
「おっらあああああああああ!メシ、よこせごらああああああああああああ!!」
多分、人間には“ブニャアアアアア!”と猫が甲高く鳴いているようにしか聞こえないのだろうが。俺はそう叫ぶと、助走をつけて男の腹の上にダイブした。
ぐえ!だの、ぶえ!だの汚い声が聞こえた気がするが無視である。そのまま布団の上で、トランポリンよろしく跳ね回ってやった。ほら、さっさと飯をよこせ人間。俺様は腹がすいている。というか、お前もそのままだと遅刻するがそれでいいのか。
「い、いつもながら……愛が、愛が重たすぎる……クロコ……」
ボロボロになりながら、どうにか布団から這い出す男。新入社員というヤツなんだろう、まだ一年目のうちから遅刻するのはまずいはずではないのか。ほれ、とっとと支度をしろ。そして俺様の飯を用意しろ。俺は不満たっぷりにニャアニャアと鳴いてみせる。
ああ、本当に、どうして俺達の言葉が人間には伝わらないのか。愛が重たいとか言ってるが、ぶっちゃけ俺はお前のことを主人だともなんとも思っていないのだが。せいぜい、飯をくれる同居人か下僕、である。
「はいはい。待ってね待ってねー……やっべ、俺寝癖すっご……」
俺の前にエサの入った皿を用意すると、ぶつぶつ言いながら髪を直す男。篠原廉というのがそいつの名前だ。実家から東京まで俺を連れてきた張本人。ついでに、黒猫だからといいう超絶安易な理由で“クロコ”なんてセンスのない名前をつけてくれた人物でもある。
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