2.9度目

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「あの、ちょっといいですか?」 「うん? 私?」  私は女の子にどうしても知りたい質問を投げ掛ける。先生に聞いた方が確実な情報が得られるだろうけど、まともに答えてくれるとは到底思えない。 「その。今もらった薬は何ですか? 怪しい物には見えないですけど…」 「は? …えぇー!! 嘘でしょ、ピル知らないの!?」  いきなり大声で騒がれて思わず顔をしかめる。そんなに驚かなくてもいいのに、自分の無知をオーバーリアクションで返されて少しだけ不愉快になる。だけど、私が忘れてしまっただけで、女性にとっては常識なのだろうか。 「申し訳ありません。まだここに来てから日が浅くて…」 「ピルだよ!? 避妊薬だよ!? あ、いや一応生理痛にも効くけど…嘘でしょ、そんなに可愛いのに誰ともヤったことないの?」  信じられないとでも言いたげに、女の子は私が口を挟む隙も与えずに捲し立てる。喧しいなと思いつつ、可愛い娘から可愛いと褒められたのは嬉しかった。お陰で不愉快だった気持ちが少しだけ晴れる。 「そうなんですか…無知でごめんなさい。それにしても、そんなに凄い薬なのに驚くほど安いんですね。」 「ここの病院凄く安いんだよね。公言しないことを条件にどこよりも格安で出してくれるんだよ。他はどこも二千とか三千もするから、本当に助かるっ」  突如バンッという轟音が響き渡り、話に夢中になっていた私達は心臓がとび跳ねそうになる。音は先程と同じく先生の方から出ており、机に置いてある分厚い本をわざと落としたようだった。 「あぁ、申し訳ありません。整理していたら誤って落としてしまいました。さて、お楽しみ所申し訳ありませんが閉院のお時間ですので、そろそろお帰り頂けないでしょうか?」  先生は語尾を濁さずにはっきりと女の子に帰ってくれと言い、わざわざ診察室のドアまで開けて帰りを促す。これ以上この娘に喋られるのは不都合なのだろう。  このまま聞き出せばこの男の抑止力が得られるはずだが、相手は見境なしに襲いかかってくるレイプ魔だ。下手に引き留めたらこの子も何されるか分かったものじゃない。私は「体調が悪くなったらまたお越しください。」と当たり障りのない挨拶をその娘と交わす。 「仕事終わりなら一緒に帰らない? この辺街頭も全然ないから夜道怖いんだよね。」 「身の安全が気掛かりではありますが、大変申し訳ありません。私はこの後、この浜園と大事なお話がありますので…」  一瞬先生が冷たい視線を私に投げ掛ける。いつも気色悪い微笑みを絶やさない人なのに、たった一瞬だけのその表情は背筋が凍りつく程の冷ややかな瞳をしていた。勝手にやってきた私を何もせずに返すつもりはないらしい。  「せめて玄関まではお見送りしますよ。」と言って先生は女の子とドアの向こう側へ消えていく。彼女が去った後『治療』という名の凌辱が始まるのは明白だ。だけどいつもやられっぱなしの私じゃない。今の私には秘密兵器があるのだ。  服の中に隠していた中古のビデオカメラ。これであいつの犯行の一部始終を撮影すれば、今度こそ牢獄行き間違いなしだ。  私はドアが閉まるのと同時にビデオカメラを取り出して、先生にバレなさそうな本棚に隠すことを決める。所狭しと並んでいる本を一冊抜いて、斜めに立て掛けてできた僅かの隙間にカメラをねじ込む。本は古い学術書なのかカバーが黒一色のため、保護色となって上手くカメラを隠してくれる。これなら余程注意深く見ない限り見つけられる心配はないはずだ。  私はカメラを起動させ、診察台がよく映っているのを確認してすぐに元の立っていた場所に戻る。その際抜いた本は棚の隙間の奥深くに蹴り入れた。録な治療をしないのだから一冊位無くなったって構わないはずだ。
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