第1話 狐の嫁取り

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 ──……教室には、ザワザワと喧騒が広がり始めています。  その中心に居るのは、決まって彼女です。名前も口にしたくありません。仮のA子としておきましょう。  A子はこのクラスの女王です。いえ、このクラスだけでなくこの学年の女王です。確かに美貌でA子に勝る者は居ません。しかも家は金持ちです。  A子がやること成すこと、全てが正しいのです。お追従する調子のよい人間たちがいつも群がっています。  A子が今気に入っている遊びが、『狐狗狸(こっくり)さん』です。随分前に流行った遊びだそうで、余りの流行り具合に学校が禁止指示を出したほどらしいです。  もちろんA子がそんなことを知るはずがありません。お追従の誰かが自分ひとりが抜き出るためにA子に吹き込んだのでしょう。それに今は検索すれば何でも判りますしね。 「ねぇA子、今日は誰の何を訊こうか」 「……んー、そうねぇ」  授業が終われば、A子の取り巻きが今日の提案をします。その瞬間に、ピリッとした空気が流れました。一瞬にしてクラス中が異様な雰囲気に包まれます。  それは、支配する側とされる側……スクールカーストの下位に属された人間は、拒否したくともその権利を持たないのです。そしてそんな人間は、狐狗狸さん(こんなこと)にうってつけです。 「今日の主役はねぇ……」  A子はその細い指先でクラスメイトを指差ししていきます。私は逃げるタイミングを失ったと感じました。綺麗な色を咲かせた指先が、私をピタリと突き刺します。 「決めた。えっちゃん」  A子のその一声に、教室内がシンと静まりました。  ()()()()()というのは、()のことです。私の名前に関連する渾名(あだな)ではありません。親愛の気持ちを込めた渾名でもありません。  何処にでもいる、一生脇役の立場から脱け出せない、その他大勢の人。その他大勢etc.(エトセトラ)という意味の()()()()()です。  A子に面と向かってそう言われた時は、A子の底意地の悪さを思い知らされました。 「あらー、とうとうえっちゃんも行く?」 「いいんじゃね? たまには気分も変えないとな」 「えぇ、もしかしてあたし、間違えちゃった?」 「何言ってるの、A子。A子が間違えるわけないじゃん」 「本当? 良かったぁ」  白々しいやり取りがA子と取り巻きの間で交わされます。本当にわざとらしい。 「えっちゃん、何か訊きたいことある? あたしたちが訊いておいてあげるから」 「あ、それとも。一緒にやってみたら? 楽しいぜ」 「それいいじゃん、ちゃんと自分でプライベートなことも訊けるしね」  他のクラスメイトは固唾を呑んで成り行きを見守っています。自分が標的にならなくて済んだことと、()がこのあとどんな対応するのかという興味があるのでしょう。  クラス中の視線と、無責任な悪意が膨らんでいきます。それが陽炎のように揺らいで見えました。  勝手に唇が震え出します。顔から血の気が引いていくのも感じます。私の答えは──逃亡しかありませんでした。  ──ギャハハハハハッ!  逃げ出してきた教室から下品な(わら)い声が追い掛けてきます。  聞きたくありません。耳を塞いで走りました。  きっと、誰でも逃げるでしょう。対抗出来るならとっくにしていました。出来なかったからこそ、今こうなっているのです。  誰でも逃げるはずです。こんな狂ったクラス。狐狗狸さんが支配するクラスなんて、狂っているとしかいいようがありません──
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