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狼/命狩る者
多くの野生動物を追いかけ、その生態をフィルムに焼付けてきた写真家・ニコルセンは己の目を疑った。
ついに寒さに脳をやられたのだ、と。
だが、彼の相棒。伴侶とでも言うべきレンズだけは、嘘をつかない。
ゆっくりとカメラを構えて覗き込むと、先ほどと全く同じ光景が広がっていた。
狼の群れが雪に紛れて休んでいる。それだけなら決しておかしい事はない。
問題は中央。群れを束ねている存在だ。
四足歩行の獣の中に、人間が居る。少なくとも、彼にはそうとしか表現できない存在が、群れで最大の個体の腹を枕にしているのだ。
まだ若い、青年。雪景色にはよく映える黒い髪ややや色の濃い肌は黄色人種の血が混じっている事を伝えていた。
歯の根が合わないシベリアで、青年は穏やかに、まるで赤子のように眠っている。
ジャケットを羽織っただけの姿を見ていると、これでもかと防寒対策を施した自分がおかしいのではとすら思えてしまう。
静謐、という言葉がこれほど適合する場面をニコルセンは見た事がなかった。
一種の神々しさすら感じられる様子に惹かれた彼は、今まで保ってきた絶対の距離を縮めてしまった。
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