2人が本棚に入れています
本棚に追加
凍った大地に一歩踏み出す音が響き、ようやくニコルセンは己の失態を悟ると、蛇に睨まれた蛙のように動きを止めた。
元々距離には余裕がある。風下においてのこの一歩は、まだ気付かれる心配は薄いはずであった。
「うっ」
真っ先に反応したのは狼ではない。人間の方だ。
ニコルセンは思わず、カメラを落っことした。バンドがなければ、雪に埋まってしまっていた事だろう。
うっすらと目を開けた青年は、静かに上体を起こす。つられる様に、狼達も動き出した。
無数の瞳が彼を貫く。そこには、何の違いも無い。ただ、自然の距離を誤った者に対する警戒だけ。
青年を戦闘に、見事な列を作って、群れは近づいてい来る。
ニコルセンは動けなかった。動けば、死ぬ。直感していたのだ。
目と鼻の先。相手が狩りにくれば一瞬で決着がつく距離。
静かな雪景色の中、歩みを止めた狼達の唸り声が響き渡る。
ニコルセンにはもはや、運を天に任せるしかなかった。
ああ、どうか、通り過ぎてくれ。私を獲物や脅威として、相手が認識していませんように。
「何者だ」
彼の耳にぶつけられたのは、淡々として氷のような声。そして、それをそのまま現したような真っ黒く、鉄のような瞳。
黙っている選択肢は無かった。言わなければ、確実に死ぬ。そんな直感があった。
最初のコメントを投稿しよう!