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この御時世にありえないような言葉を口に出し、代わりに甘い煙を旨そうに吸い込む。
男もそれにつられて少し流し込み、タバコを吸う。
「本当ですね。いつも惰性で吸ってたのに、こういうやり方もあるんですね。ラムも葉に染み込ませたりするんですか? 一番好きだと言ってたので」
「ラム含め、熟成感のあるお酒は合いますね。ただ、これがタバコに関しては気に入ってるんです。煙にボディが出る分、ラムとかウイスキーにも合うし。もちろん葉巻でも良いんですが、私はこれが好きです」
これがきっかけだったのか、バーテンダーは男に疑問をぶつけた。
「お客様はこちらの方ではないですよね? お仕事か何かでこちらに? それとも待ち人ですか?」
男は即答せずにグラスに目を落とす。
「あ、すみません。普段はこんな詮索しないんですけど。あれ? 私どうしたんだろう」
「いえ、いえ、そんな謝らないでください。こっちこそ、そんな大したあれじゃないのに黙っちゃって」
男はグラスの酒を少し含み、ゆっくり流しこむ。
「仕事ではないんです。まあ、観光に近いかも。どうしても来たかった街だったので」
「そうですか。で、いかがですか? この街は?」
バーテンダーの問いに、男は何かを思うようにゆっくりと口を開いた。
「今日の朝一に着いて、駅からこの辺までぶらぶらしてました。僕は駅前よりこちらの古びた感じが何か落ち着きます。あ、失礼しました。古びたは違いますね。何と言うか……。歴史ある?」
バーテンダーはさもあらんと少し笑った。
「失礼じゃありませんよ。お客様の言うとおり、古びた飲み屋街ですよ。二十年くらい前まではこの辺がメインでしたが、段々駅前の方に流れちゃいましたね。今じゃ店の数も勢いも大分なくなりました。お客様のように県外の方はこちらの方が風情があって良いと言ってくださるんですけどね」
男は風情という便利な言葉が出なかったことを少し悔やんだ。
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