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捗らない。
一切、手が動かない。
その理由は明確だ。
「金輪際、その気味の悪い行為はやめて下さい。今回だけは警察へ届けるのは辞めておきます。では。」
昼休みが終わる寸前、彼女はその言葉を残して黒髪を靡かせながら背を向けてビルへと消えてしまった。
そしてそのまま業務に戻った僕は、こうして仕事がまるで進まない事態に陥っている。
「鷲崎さん…あれ絶対僕の事好きだよね。」
その確信を昼休みに得たせいで、心が舞い上がって何も集中できないのだ。
気味の悪い行為をやめて欲しいって事は、単純に旦那さんとして関わって欲しいって事だよね。
正面から、正々堂々と鷲崎さんの旦那さんとして、彼女の行動を把握して欲しいっていう可愛いおねだりだよね。
それしか考えられない。
それ以外に考えられない。
「挙式…いつにしようかな。」
勝手に緩む頬をどうにもできない。
もどかしい、同じ会社で同じビルで働いているというのに、彼女と同じ空間で同じ空気を吸えないなんてそんな残酷な事はない。
とりあえず落ち着くべく、仕事用のページを一旦閉じる。
その瞬間映るデスクトップには、色んな表情の鷲崎さんの写真が並んでいる。
幸せ。
本当に何処までも可愛い人。
「駄目だ、落ち着く為に見たのに余計に興奮してきてしまった。」
僕の至福の時間を割くかのように、突然ノック音が響いた。
それからすぐに開かれた扉から顔を覗かせたのは一人の男。
「蜜の坊ちゃん、仕事の調子はどう?」
口角を吊り上げてこちらを見る男の表情は、まるで悪戯を企んでいる幼子のようだ。
要するに、かなり悪い顔をしている。…いつもだけど。
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