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その後、圭吾を交えて三人で話し合い、亮司が茂を扶養するということで決着がつく。将来的に早期の茂の自立を望んでいた圭吾は難色を示していたが、亮司の、
「茂が望むなら、後で高校に入り直してもいいし、専門学校でも大学でも費用は出す。職に就きたいならできるだけの斡旋もする。だけど今は心身ともに疲弊しているから、とにかく自分で何かやりたいと思うまで休ませてあげたい」
と、その言葉に譲歩した。
圭吾自身警察官という職業柄時間の融通が利きにくいこと、そして何より実家の財力も含めて亮司の懐事情の大きさも決め手となった。
その日は十二時くらいまで話をしてお開きとなった。
といっても、茂のことを話し合ったのは大体一時間くらいで、あとは圭吾が亮司に近況やら病状やらを訊いてきたので適当に答えたりあしらったりして雑談を続けた。そのうち茂が船を漕ぎだしとうとうソファーの上で丸くなって寝てしまったので、圭吾が彼を負ぶって連れて帰った。亮司が泊まればいいと言ったのだが、圭吾は明日も仕事があるし、茂にしてもけじめとしてまだ園で寝泊まりさせると言って聞かなかった。
亮司は融通の利かない背中に負ぶわれ寝息を立てている茂を見て、やはり貸したスエットが全然似合ってない、ここに向かい入れるまでに茂に似合う服を何着か見繕っておこうなどとぼんやり思った。
春、世間的には桜の見頃にして今日は生憎の雨模様。アスファルトの上に落ち、ぐちゃぐちゃと交じり合う花びらに、清らかなる者の処女喪失のような淫らで鬱々とした感情を覚える。
ともあれ軽い頭痛がするのは、その日の亮司にとっては悪くない傾向だ。
茂を家に向かい入れる。茂は施設を退所したその足で圭吾に連れられ亮司の家へ来た。荷物は圭吾が代わりに持っていたスポーツバッグ一つだけのようだった。
「ほら、世話になるんだかた挨拶くらいしろ」
「……よろしく、お願いします……」
圭吾に促され茂は目を伏せたままぼそぼそ言って小さく頭を下げた。
「じゃあ俺、今から仕事だから行くけど」
圭吾はそう言ってバッグを下ろし茂に向き直る。
「茂、あんまり亮司に迷惑かけんなよ」
「ああ」
「それからちゃんとご飯食べろよ。あとできる範囲でいいから身体動かせ。ちゃんと風呂入れよ。歯も--」
「だぁ、もういいその辺で」
圭吾の過干渉ぷりに思わず亮司が呆れて止める。もし普段からこういう接し方をしていたのだとしたら茂が圭吾と住みたくないと思ったのも無理はないかもしれない。
「じゃあ頼んだぞ亮司。あんまり茂を甘やかすなよ。それから--」
「もういいからさっさと行け」
永遠と続きそうな圭吾の苦言に、亮司は彼を追い出すように送り出した。
「あいついつもあんな口うるさいのか?」
「いや、いつもはあそこまでじゃない。たぶん--」
亮司の問いかけに茂は、
「さみしんだと思う」
自分こそ寂しいのだと言っているかのようにか細い声で喉を鳴らした。よく観察すると茂はずいぶんくたびれて見えた。
痛んで艶を失ったバサバサの髪。肉づきのないブカブカの色褪せたパーカー姿。陽光を拒んできた青白くて乾燥した肌。
何故かマッチ売りの少女のことを思い出す。鈍色の寒空の下、売れないマッチを売り続け、幸せの妄想を抱いて凍死した少女のことを。
可哀想は可愛そうでもある。
亮司は茂の全てを包み込み抱きしめたい衝動に駆られる。その気持ちを誤魔化すように、
「今日のお昼、何食べたい?」
そう訊ねた。茂は少しだけ考えてから、
「スパゲティ、ミートソースの」
と囁くように言った。
そういえば、いつだったか隆が「スパゲティはミートソースが一番」と力説していたことを思い出す。
「いいよ。まぁソースはレトルトで勘弁な」
「うん」
茂は相変わらず顔を上げないので分かりにくかったが、亮司には少しだけ彼の頬が緩んでいるように見えた。
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