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「ねぇ、やっぱり俺ら付き合わない?」  情事の後、相手の男が悦のこもった吐息まじりに言う。 「セックスの相性もいいしさ」  陶酔の意を込め腕を突っついてくる男の指に少しだけ甘い痺れを覚える。しかしその誘いに溺れるわけにはいかないと、亮司は小さくため息を吐いた。それを見て相手の男が察して言う。 「やっぱダメかぁ。残念」  端からセックスだけの関係と念を押しての付き合いだ。お互い本名すら知らない。  亮司は相手への未練を振り払うように腕を伸ばし自分のスマートフォンを手に取る。ナイトモードにして鳴らないようにしていた通知の数にげんなりとして頭を掻いた。 「帰る」 「えぇ、泊まっていきなよ。怒ったの?」 「いや」  亮司はベッドの下に散らかしていた服を着ながら言う。 「飼ってる猫が飯の催促してきた」 「はぁ? なにそれ」 「ほっとくと後が煩いから」 「やっぱ本命がいるんじゃん」 「そんなんじゃねぇよ、じゃあな」  亮司は男の部屋を後にした。  そろそろこの男とも潮時かな。  徒歩での帰りの道すがら思う。男の言う通りセックスの相性もいいし何より顔が好みだ。しつこくない性格も悪くない。実に惜しいと思うが。 「はぁ」  セックスはしても本命は作らない。それがアイツとの約束だしな。  亮司は今一度盛大にため息を吐いた。 「ただいま、痛って」  亮司が自宅マンションの玄関を潜るなり分厚い漫画雑誌が飛んできて頭にヒットした。 「遅え、飢え死にさせる気かクソ司」  同居人の茂が自分の個室の扉に背を預け廊下に座り込んでいる姿を見て亮司は小さくため息を吐く。大の大人の男が自室でもなくリビングでもない、廊下で漫画を読みながら自分の帰りを待っていたかと思うと、可愛いやら情けないやら複雑な気持ちが沸いて出る。 「腹減ったならカップ麺でも食えよ。お前の好きなの買っておいてるだろ?」 「飽きた」 「はいはい、何が食いてぇの?」 「ミートソースの」  それだってほとんどレトルトじゃねぇかよ、そうぼやきながら未だ廊下に座り込んでいる茂を跨ぐと、 「精子くせぇ」  茂が亮司の股間を睨み上げて唸るように言った。 「また男とやってきたのかよ」 「恋人作るんじゃなきゃいいって言ったのはお前の方だろ?」 「こんな頻度とは思わんかった。猿かよテメェは」 「はいはい、どうせ俺は猿だよ」  そう言って亮司が台所に消えると茂は忌々しそうに廊下の壁を蹴り続ける。 「クソがクソがクソが」  いつものことだ。腹が膨れれば少しは大人しくなるのを知っているので亮司は無視して麺を茹で始める。  亮司と茂の関係は複雑だった。歪ともいえる。法的には親子だ。と言っても二人の年齢は五つしか違わないので、当然養子縁組によるものだ。たまに同性愛のカップルが家族関係になるために養子縁組を利用することもあるがそれとも違う。亮司に掛けてある生命保険の受取人を茂にするため、ただそれだけのために結んだ養子縁組だ。 「ほら、出来たぞ。いつまでもそんなとこいないで食え」 「ん」  食ってるときは大人しいんだよな。相変わらず茂の眉間にシワが寄っているものの徐々にピリピリした空気が収まっていくのがわかる。 「茂もさ、外出て遊んでもいいんだぞ。小遣い足りないなら増やしてもいいし」 「めんどくせー」  茂はニートで引きこもりでコミュ障の三重苦だ。そうなった殆どの要因が自分にあると自覚しているから、亮司は死ぬまで彼の生活の面倒を見るつもりでいるし、万が一に備えて掛け金もバカにならない程度の生命保険にも入っている。それでも、せめて若者らしく外で遊ぶ楽しさを知るくらいにはなってほしいとも思っている。  見てくれはいいから外出れりゃ男も女もほうっておかないだろうに。 「美味いか?」 「ん」  ミートソースを頬につけ短く頷く茂に亮司は郷愁を覚える。  相変わらず茂の兄、隆に似ているなと。
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