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「ただいま、町子さん」
徳三郎はその日の夕方も我が家のように帰ってきた。
昼間町子が祖母の佐知子に電話をしたが、向こうは向こうで徳三郎に浮気されたと言って連れ戻すことなど考えていない様子だったという。ほとぼりが冷めるまでしばらく徳三郎を預かることになった。
夜になりさとしがバイトから帰ってきた。徳三郎はリビングで寛ぎ鼻唄をうたっている。
「さとしー、お前は何か悩みはないのか? 何でも相談にのるから部屋で男同士語り合おう。お前の父親は偉くなっちゃって、下っ端の俺の話なんぞ聞きゃしないからな。人の話を聞かないやつは自分の話も聞いてもらえないんだぞ。お前はあーなっちゃイカン」
彰久とはウマが合わない。
「お母さん、じーちゃんって前からあんな性格だっけ」
ソファに座っている徳三郎を横目に、さとしはボソッと呟いた。
「一人でどんどん話を進めちゃって部屋も半分にするしさ、ホント人の話なんか聞きゃしないよね」
ーーあ、さっき聞いたセリフ。
さすが親子、話を聞かないところは似てるんだなとさとしは妙に納得した。
こうして徳三郎とのルームシェアが始まった。
町子がさとしの晩ご飯の片付けをしていると
「ただいまー」
さとしの1つ下の妹が仕事から帰ってきた。
「おー、孫2号。おかえり」
「おじいちゃんただいま。孫2号って私のこと? まぁ確かに2番目だから間違っちゃいないけど」
「理子、何か相談したいことがあったらいつでも2階の“お悩み相談室”へ来い。看板があるから目印になっとる」
「え? 何じーちゃん、オレの部屋に看板なんて作ったの?」
「そうだ。今日ホームセンターで板やペンキを買って作ったんだ」
「あら、だからなのね? 今日家の中がシンナー臭くてあっちこっちの部屋の窓を開けたのよ」
町子が昼の様子を話した。
「じゃ、俺は部屋に戻る。あとはよろしく」
(何が相談室だよ、客なんかいないのに。っていうかいつまでオレの部屋を使う気なんだよ)
それこそお悩み相談で話したいのは正にこれだと、さとしは喉もとまで出かかっていた。
夜11時過ぎに彰久が帰ってきた。今日は接待で飲みがあったそうだ。家族はみんな各自の部屋に行き、リビングも薄暗くシーンと静まりかえっていた。
彰久が水を一杯口に含むとどこかで話し声がすることに気がついた。かすかに聞こえる声をたどって歩いていくと、その足は2階へと向かった。
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