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「おじいちゃんですか?」
「そうよー。あんな表情あたしにはしないのに、ヒドイと思わない?」
「思い過ごしじゃないんですか?」
佐知子は首を横に振って言葉を返す。
「町子さんも想像してみればわかるわよ。旦那が新入社員の女の子にデレデレお喋りしながらコピーしてたらどう? イラッとしない?」
……。
玄関の扉が開く。徳三郎がいつものように散歩から戻ってきた。
「ただいまー!」
その声はまるで風呂上がりのようなご機嫌な声だった。
「いやー、今日は公園行ったら珍しく犬の散歩中の京子さんに会ってな、また明日もそこで落ち合うことにしたんだ」
一人言はリビングのほうまで聞こえていた。
「随分元気そうじゃない? ここで楽しく暮らしてる姿を確認出来て良かったわ。私も1人の生活が馴染んできたし」
徳三郎は佐知子の存在に気づき、一瞬で笑顔は消えた。玄関の靴を見ればわかったはずなのに、徳三郎は大事なところでそれを見落としていた。
「では町子さん。用が済んだので家に帰ります。またいつかお茶しましょうね」
「おばあちゃん、ちょっと待って!」
町子は追いかけたが振り向きもせず外へ出ていってしまった。
「…まぁいい。町子さん、もうあの人が来ることはないから安心せい」
「違うでしょう、おじいちゃん。安心も何も、おじいちゃん達の仲が元に戻らないと安心なんて出来ませんから」
「さーて今日は部屋の模様替えだ。色々考えておかないとな」
徳三郎はまるで人ごとのように気にしない素ぶりを見せた。
数日経ち、徳三郎は散歩の帰りに友達を連れてきた。
「ここが三橋さんのお宅? 素敵だわぁ」
町子が何事かと廊下に出てみると見知らぬ女性が玄関先に立っていた。
「俺の部屋は2階だからこの階段を上がって右の方にいくと看板があるから。先に行ってて」
友達らしき女性を上へと案内した。
「あー、町子さん。今のはお悩み相談の方でな、飼ってるワンちゃんの結婚相手を探してるらしくて、何とか相手を探して力になってやろうと思ってな」
あーこれか。おばあちゃんの言ってたおじいちゃんの気遣いと優しさは。町子はおばあちゃんの言葉を思い出していた。
「あーそれからお茶はいらん。じゃな」
そういって手を挙げ2階へ上がっていった。
町子は何の言葉も出ず、はぁ~とため息をつき、無言でキッチンへ向かった。
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