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佐知子の誤解から思わぬ事態になったことをさとしはやっと理解した。
「結果、ばあさんを楽させてやる方法として俺が家を出ることにした。だからもう少ししたら帰る」
ーーじーちゃんが浮気なんてないとは思ってたけど、ばあちゃんを思ってのことが思わぬハプニングを招いたわけか。〝屁一つ〟ね…。
さとしはこの諺の意味を初めて知った。
「でもじーちゃん。だからといって〝オフィスみっちゃん〟はいらないじゃん」
「あー、あれはオレの自信作だ。客が増えればカフェ代が浮くからな」
徳三郎の笑顔が戻る。
時計の針は夜の11時を廻っていた。
「ヤバっ!じーちゃん、こんな時間だよ。オレ風呂入んなきゃ。オレが戻る前に寝ちゃっててね!」
さとしは着替えを持つとパタパタと階段を降りていく。リビングは真っ暗でひっそりと静まり返っていた。
次の日、バイトはシフトの関係で急に休みになった。徳三郎はその日珍しく散歩から早く帰ってきていた。
「おい、さとし。起きてるか。あれからどうよ、彼女とは」
徳三郎はこの間の相談が父の割り込みで話が途中で終わったのを気にしてくれていた。
「うん、じーちゃんが言ったように、自分の気持ちを表現するよう接してみたら距離が縮まった感じ。今度ご飯食べに行く約束したんだ」
「おーそうか、そうか。誠心誠意尽くせばきっと伝わる。俺とばあさんがそうだったようにな」
(そうなんだ? じーちゃんのアドバイスは自身の経験からだったのかーー。)
そんな徳三郎のアドバイスに少しだけ信憑性を感じていた。
それから10日ほど経った日曜日、徳三郎はいつもよりめかし込んで、お気に入りの帽子を被ってどこかへ出掛ける様子だった。
「じーちゃん何処か行くの?」
「ちょっと映画。何か俺に用か?」
「いや、別に用はないよ。楽しんできてね」
「夕方には帰る」
徳三郎は普段より明るめの服装に身を包み楽しそうに出掛けていった。
その日さとしは今まで長いこと溜め込んでいた録画をほぼ1日かけて観ると決めていた。1週間分のストレスを解消すべく、昼も夜も笑い転げるだけの録画がたんまりとあった。その日町子と理子はデパートへ買い物に行ったので、さとしは1日中テレビを占領してのんびりと家で過ごすことが出来た。
そして夕方になり誰かが帰ってきた声がした。
「ただいまー」
徳三郎のしゃがれた声だった。
「おかえり。映画楽しかった?」
「さとし、長いこと世話になったな。今日家に帰ることになった。荷物はまとめておくから、今度お前が持ってきてくれると有難い。急で悪いが町子さんにも宜しく伝えといてくれ」
「え? 帰っちゃうの? 晩御飯でも食べてけばいいじゃん」
「いや、これからばあさんとディナーなんだ。店を予約してある。じゃ、元気でな、さとし」
2階に行って少しすると階段を下りてきた。
そそくさと出かける徳三郎をさとしはスウェット姿のまま玄関で見送った。
「じゃあね」
ーーそうだ、部屋は戻してあるのかな。
2階へ上ってみるとドアに手紙が貼り付けてあった。
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