田坂塾

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 思い起こせば三年前、脱サラをしてこの事業を始めた頃は、塾の運営にはかなりの勝算があった。当たり前のように、オープンした瞬間に生徒達で満杯になると思っていた。  大手の塾とは違った運営法を設定し「一人一人の生徒様にマンツーマンで「隠れ家」で教えます」的な売り文句でホームページで静かに宣伝したところ、いくらかの富裕層の子供達が、有名大学付属中学高校の受験対策を期待してやってきた。  最初に銀行に提出をした、イケイケドンドンの事業計画書とは売上でかなりの差はあるが、3年たち、ようやく最近の経営は順調になりつつあった。  最初の一年間に自分にかかった大きなプレッシャーは、今思えばいい思い出になりつつある。  「脱サラをする」と妻・志穂に宣言したときに息子・博人(ひろと)を身篭っていた妻は一切反対しなかった。妻と結婚して5年間、共働きして貯金した600万円の全額を、妻は喜んで差し出してくれたのだが、結局悪いので半分の300万円だけを受け取った。  塾の経営は仕入れ等が無いので比較的お金の掛からないビジネスのはずだったが、借りた教室の敷金・礼金・保証金、机・パソコン・棚・テーブル・コピー機・ラジカセ等を買い揃えると、あっという間に200万円以上かかり、運営資金が100万程度しか残らなかった。  その理由で、最初の赤字の2年間は家庭にお金を一銭も入れることができなかった。  妻は2年間の間、残りの300万円の貯金を切り崩して文句一つ言わず耐え続けた。息子は今3歳になる。  私は基本的に楽観的な男である。塾は自分なりにリサーチして始めたつもりだったが、新規事業の一般的な事業成功率が10パーセント以下ということを最近知った。  私にはそういうところがある。  志穂は現在息子を保育園に入れてオフィス機器の会社の事務の仕事をやり、私と一緒に家計を支えてくれている。子育てもありいつも忙しそうなので、食器洗い位は手伝うようにしている。まだまだ金銭的に不安定な私の仕事の為に無理してくれて本当に申し訳ないと思っている。  彼女がいつも家庭で微笑んでくれるのがせめてもの救いだった。彼女の欠点を一つだけ言わせてもらえば、悪い男に騙されやすい、と言うことだろう。
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