奇妙なオファー

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奇妙なオファー

「費用もかかりますしね」と言うと彼女は首をはげしく横に振り、 「夫は会社を何社か持ってて費用にはまったく問題がないんです。ただ、なかなか暇がつくれないと言ってて、、、」 「確かにそうでしょうね」  私の心の中では、お金に問題は無いなんて!あっさり言ってしまうこの奥様が強烈にうらやましいと思った。 「でも夫が嫌がる理由は分かってるの」と彼女はゆっくりと下を向く。 「それは何ですか?」と思わず聞いた。 「プライドが高いんです。どうしても病院に通ったりとか他人に自分の弱点をさらすことが嫌なんです」  まあ、確かにそれだけ社会的地位が高ければ彼女の言っていることも理解できなくはなかった。不妊治療に関しては、テレビの番組で見た程度の知識しかない私には、心の中の葛藤や厳しい現状等分かるはずがなかった。  ここで一度話が途切れた。  ここで泣かれても励まし方が分からなかったので泣かないで欲しいと願った。  結局、彼女は私の願い通りにメソメソ泣かなかったのだが、はるかに想定外の反応をしてきた。 「私を妊娠させてください」 「はい?」と顔をこわばらせて、聞きなおさずにはいられなかった。  彼女はニコリとも笑わずに真剣な顔で続ける。 「お礼はちゃんとしますし秘密は守ります。もちろん先生にも秘密は守って欲しいです」 「あの~ 旦那さんとは相談されたんですか?」  この事実を自分に置き換えた時、一番に出てきた質問がこの質問だった。 「はい、もちろん相談しています。夫は自分の知らない人で、私も知らない人ならやむ得ないと言っています」 「それで何故私なんですか?」 「夫と二人で決めた相手の条件なんですが、まず秘密が守れる方、先生が秘密を守れるかはまだ分かりませんが、お話をしていて大丈夫だとおもいました。あと学業が出来て健康でスポーツが出来る方、この2点で選ばせていただきました。すみません上から目線で喋ってしまって」  なんて言おうか?と考えていると、また彼女は話しだした。 「先生はホームページで講師経歴を詳しく書かれているので参考にし易かったんです。地元で一番の国立大学をでられて、留学も学生時代にされてますし、中学の部活ではテニス部で県大会まで行ってらっしゃいますし、、、」  宣伝になればと思い、確かに講師自己PRとして私の経歴をHPにのせている。  彼女は少し頬を赤らめながら続けた。 「顔写真も載せてあったでしょう。あれも容姿から人柄が分かりやすくて、、、あの、精子バンクも利用しようかと調べてみたのですが、データだけだし顔も人柄も分からないですし、それに顔の雰囲気がわたしの夫にも似ています。あなたの顔が私のタイプなんです!」 「ありがとうございます」  よく分からないが、褒められて顔が赤くなってるのかもしれない? 顔面が火照っている。そんな自分だったが意外と冷静で、頭の中では、ここでどうやって断ろうかと考えていた。 「しかし、大胆ですね。他に適任な方はいらっしゃらなかったのですか?」  彼女は大きく首をありえない感じで横に振り否定すると、結構なお願いをしているのにもかかわらず、まっすぐな目線で見つめてくる。 「すいません。やっぱり」と断りかけた時に、彼女は上から言葉をかぶせて来た。 「お礼はとりあえず500万円でよろしいでしょうか?」  500万円! 今の自分には魅力的な金額だった。  しかも、とりあえずということは、まだ増える場合もあるのだろうか?   ただそこを詳しく確認するずうずうしさは無かった。  正直なところ、お金には心動かされた。  お礼金というものがこんなに多いなんて...。 「私に子供が生まれたらあと500万円をお支払いします」  わたしの表情で見透かされたのだろうか、彼女はまた金額を付け足した。  合計1000万円の謝礼ということになる。 「私の妻に相談とかできますか?」  妻の顔が思い浮かんだので聞いてみた。 「それは絶対にやめていただきたいです。あくまで全てにおいて秘密でお願いします」  彼女は驚くことなく無表情で答えた。 「病院に行くのですか?」  断るはずだったのにやり方を質問している自分がいた。彼女はきりっとした顔でその質問に答える。 「病院に行くことはありません」 「精子を採取してお渡しすれば良いのですか?」 (精子)と堂々と言うのはいささいか恥ずかしいのだが、この女性は、自分の精子をどのようにして1000万円で買ってくれると言っているのか確認したかった。 「いえ、病院には行きません。先程言いましたとおり秘密厳守をしてほしいので!」
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