妖しい愛」の行方

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妖しい愛」の行方

 二人の関係は3ヵ月目に達成した。関係が進むに連れて、最近あることが少し心配になってきた。そのことを尾上さんに言ってみる。  毎回、精子提供の行為をした後の彼女は、人が変わったように私に優しく接してくれるのだが、怒られるかもしれないので、聞くのにはなかなか勇気が必要だった。 「尾上さんが、妊娠したらもう終わりなんですよね?」  帰り支度をしている彼女に。意外とストレートに聞くことができた。 「ごめんね。まだ妊娠しなくて時間がかかってしまって」 彼女が申し訳なく言ってくれるのが、私には心外だった。 「いや、それはそういう意味ではなくて、むしろ時間はかかってくれた方がいいんですけど」 「え?」 彼女は不思議そうに私を見つめている。 「いや、この関係が好きなんです。あなたとの関係が好きなんです」  あなたが好きだと言いたかったがそれは禁句なのは分かっていた。彼女は長い間何も言わずに帰り支度を続けた。てっきり無視して何も言わずに帰るのかと思っていたら、 「あんまり、長いと情が移るからいけないよね。ごめんね」と言うと、悲しそうな顔をして部屋を出て行った。  先週、この関係を続けたい、と言った時から、彼女の私に対する何かが変わってような気がした。  彼女は相変わらず行為中にいろいろな命令をしてくるのだが、すべての行為に、今までの厳しさや冷たさがないのだ。すなわち、500万円であなたを買っているのよ! という感じがないのだ。  最近、彼女は決して触らそうとはしなかった美しい胸を、私に開放した。ライトブラブルーの細いブラジャーを外して美しい胸の弾力を楽しむ。  昔だったら思い切りつねられていたのは間違いない。  今まで無理して我慢していたのだろうか? 行為の最中の甘い声は私を虜にした。  とうとう、彼女はセックス中に私の自由を奪わなくなった。  今だに、少しノーマルで無いことと言えば、、、  最近はもっぱらお互いのセックスを動画や写真で取り合うことを始めたことだ。  最初に彼女からそうしようと言われた時は流石にビックリした。  でも「寂しいときに私のことを思い出したい」と言われた時はうれしかったし、お互い共通の秘密を持つことが楽しかった。  彼女は、私が好きな時に塾の中でいつでも、私の好きな格好で自由に撮らせてくれた。写真はポートレイト的なものから始まり、何らかのポーズをとらせたもの、お互いフルヌードで撮影したものから、抱き合っているもの、結合部分を大写しにした下品なものまである。   携帯を見られることを恐れた私は、職場のパソコンにその画像を移し、暇なときに自分達の写真を見て楽しんだ。  彼女が塾にいる時間も長くなり、セックスの前後を快適に過ごす為に、キャンプ用の小さく折りたたみができるマットレスを買ってきた。  やがて写真だけでは飽き足らず、ビデオ撮影までするようになり、二人で裸で抱き合う姿をホームビデオに撮影して、終わった後、反省会と称して裸で抱き合いながら一緒に見た。  最近は、金曜日の午後はなるべく塾の予約を受けないようにした。塾を休塾の状態にして、お酒を飲めるようにして、二人で気持ちよくなりながらセックスを楽しんだ。  そんな感じで毎週接していると、私は尾上章子のことを章子と呼び捨てするようになった。  これは章子が私にそう呼ぶように頼んできた事から始まったのだが、この、どうやっても手の届きそうでない女を、呼び捨てで呼んでいいことに対して、私は大きな満足感を覚えた。  そして、そのうち章子はプライベートな話を聞きもしない私に、いろんな話をしてくるようになった。そして、また彼女は私の過去の恋愛話を聞きたがった。  そんな時私は、子供の頃からエロ本を読み続けたことから、昆虫好きの女の子の話、中高生のときの全然持てなかった話、大学留学時のもう少しで童貞を捨てれた話など、志穂にも言えないような話を章子に聞かせた。  章子はいつも大笑いして私の話を聞いた。  章子も子供の頃、昆虫が大好きだったらしく、特に、ミユキと見てた、死んだカマキリの話になると、目を輝かせていろいろ聞いてきた。彼女の小さい頃は、ミユキといろいろと重なる点が多いらしい。しかし、ミユキの話をすると、昔の嫌なトラウマがよみがえって来るのでその話に関してはこれ以上掘り下げることを辞めた。  尾上章子は私より10歳以上年下の28歳4月20生まれ、東京の有名私立大学卒業後、1年だけ外資系エアラインのキャビンアテンダントをしているときに、ファーストクラスを利用してロンドンまで行っていた夫の洋(ひろし)と知り合う。そして結婚して5年子供が生まれずに現在に至る、と言うことらしい。  なぜ英語が話せるのに、私に英語を習おうとするのか?という私の素朴な疑問は解消された。最近は章子は、夫婦のもっと詳しいことを話したがる。どうやらかなりのストレスを抱えているようだった。  彼女の旦那、洋は経営者の立場上いろいろな付き合いが多く、飲み歩くことが多く、朝になっても帰ってこないことが多いらしい。ルックスも良くて、お金持ちで人当たりも良いので女にももてる。  簡単に言うと、私とはほとんど正反対な「持っている男」なのだ。  彼女の話の中にも頻繁に、クルーザーだのフェラーリだの、私が一生手に入れることができないであろうアイテムが普通にならぶ。  大きい家・別荘・ゴルフ等のいろいろな会員権、輝くばかりのステータス。これは章子にとってもかけがえのないものかもしれない。  ただそういった物質的なモノではなく、彼女が飢えるほど欲しいのは素朴な愛なのかもしれない。  ひょっとしたら? これは私の大きな勘違いかもしれないが、章子の心は既に私に大きく傾いているように思えた。  章子の問題は愛情の問題だけではなかった。  章子は、旦那のストーカー的な過干渉に悩んでいた。彼女の位置はGPSで管理されていて、いつも行動をチェックされている。  旦那自身は自由に行動して、必要なときに章子を呼びよせて、そして欲求を果たす、と言った感じの夫婦関係だった。 「ねえ、男にも生理があるの知っている? うちの夫は週に1回はあるのよ」  章子は、家でなにか夫と悪いことがあると、決まってこのフレーズを言った。そんなときはいつも黙ってやさしく抱きしめるようにした。  私と章子の距離はもはや誰よりも近い気がしていた。  しかし、彼女の話は時々、ある意味不可解でもあったし、そういう気持ちが強くなればなるほど私を不安にもさせた。仕事が暇な時間はいつも章子のことを思った。  出会ったきっかけを冷静に考えてみれば、このような旦那の性格であれば、私のような第三者に、妻に子種を直接注入するという、キチガイじみたことに承諾することができるのだろうか? 聞こうか聞くまいか?1週間程度悩んだ挙句、章子にたずねた。  そのときの彼女の返答が忘れられない。  私が彼女に聞いた直後、まず彼女は涙を流した。  泣いたわけではなく、大きな瞳に次第に涙が溜まっていき目の表面がかすかに波立ちにじみこらえ切れずに頬を伝って落ちて行くのがとても綺麗だった。 「ごめんなさい。最初に会ったときから、どうしてもあなたの子が欲しくて、旦那は精子バンクに行って一番ましなのを選べとしか言われてなくて、、、騙してごめんなさい」  これを聞いた瞬間、正直な話、旦那がこのことを一切知らないことに背筋が寒くなった、と同時に、章子の心と身体を完全に得たことが誇らしかった。 「いいよ。何も怒ってないよ」  彼女を強く引き寄せるといたわるようにキスをした。  既婚者である私は間違いなく人妻である章子に恋をしていた。  しかし、ここからが現実との葛藤の始まりでもあった。私の思いが遊びでなく本気になる度に二人の未来を想像せざるを得なくなった。  かわいそうな章子、なんとか助けてあげたいと思う一方で、実は、彼女が本当に尾上章子であるのかと言う疑いを持っている自分が現れた。  彼女の話によれば彼女の夫は会社をいくつも持っている実業家ということである。どうしても彼女の事を詳しく知りたくなり、グーグルで検索を繰り返す。そして尾上章子・尾上洋を検索するが一向にそれらしい名前は見当たらない。彼女の話が正しければ仮名を使っていることになる。  多分そのうち本名を教えてくれるのは確信しているのだが、本名さえもしらない事が、夫の洋と差をつけられているようで悔しかった。  最近の私の頭の中では、いつもどちらを選ぶかのシュミレーションが行われており、  それは妻と子供を選ぶのか?   それとも章子を選ぶのか? と言うことだった。考えれば考えるほど分からなくなり、最終的に頭がグルグル回ってめまいまでするようになった。  それでもそのまま悩考え続けた結果、私が気分が悪くなるほど悩んでいることは、 「二人のうち一人を選ぶ」という選択ではなく、どうやってスムーズに妻志穂と別れるかということを悩んでいるのだということに気付いた。  志穂とわかれるということは、もちろん息子の博人も捨てていくということになる。 そして、妻の優しそうな両親の顔もちらつく、両家の親に資金的にも援助を受け盛大に行った結婚式と披露宴はすべて無駄になる。  離婚した昔の同僚が居酒屋で言った独り言を思い出した。 「別れるときのエネルギーは結婚するときのエネルギーよりはるかに大きい。離婚する時はまるで地獄のようだ」 そのときは何の気無しに聞いていたこの言葉だったが、今となってはこの言葉の意味が理解できた。そしてこの言葉が心が安らいだときに不意打ちで私の心に入り込み、わたしの心をかき回した。
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